マイナス金利解除は「完全にタイミングを間違えた」…!政府がこの体たらくで、日銀はやりたい放題になっている

冒頭からしてダメ

日銀は3月19日、マイナス金利を解除した。今回の政策決定を受けて、決定に至った背景、過去の引き締め局面で何が起きたか、今回の経済への影響はどうか。それぞれ見ていこう。

3月19日に公表された日銀の「金融政策の枠組みの見直しについて」をみると、冒頭に「2%の「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断した」とし、「これまでの「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みおよびマイナス金利政策は、その役割を果たした」とし、「短期金利の操作を主たる政策手段」とした。

具体的には、短期金利は、現行の▲0.1~0%から、0~0.1%と利上げ、長期金利はこれまで上限1%の目途があったがそれが撤廃されるという。つまるところ「利上げ、金融引き締め」だ。

image日銀の植田和男総裁/photo by gettyimages

筆者は、この冒頭を読んでダメだと思った。今後、物価が目標の2%から大きく逸脱するおそれがあるから、利上げするのであれば理解できる。今のインフレ目標が維持されるのであれば、今の政策が継続されるべきだ。

要するに、金融政策の観点からいえば、落第だ。2%のインフレ目標は、インフレ率が2%を超えたら、すぐに引き締めになるのではない。実際、欧米でも、インフレ率が5%程度までは金融引き締めを行わなかった。これは、「ビハインド・ザ・カーブ」(behind the curve)といい、物価の動きに遅れて金融政策を行う鉄則だ。

日本のマスコミは、「ビハインド・ザ・カーブ」を後手に回るとか考えているようだが、いろいろなデータがあるときに、確実に行うために各種のデータが出そろうまで見極めて、正しい選択を行うという意味だ。この反対の言葉として、「アヘッド・オブ・ザ・カーブ」(ahead of the curve)があるが、これを「先手を打つ」というが、金融政策の場合には見切り発車であり、正しくない選択だ。

なぜ今引き締めなのか

本コラムでは、例えば、2022年6月13日付け本コラム「日銀・黒田発言の「本当の問題点」とは何か?野党とマスコミが見抜けていないこと」などで「ビハインド・ザ・カーブ」に言及してきたが、今回の日銀はそれに反している。

アメリカのインフレ目標は、コア個人消費支出価格指数(対前年同月比)でみているが、金融引締めを開始した2022年3月のコアは5.4%。金融引締めにより、その後一時上がったがすぐにピークアウトし低下に転じて11月コアは3.2%になっている。この動きは、まさに金融引締めは遅れて行う「ビハインド・ザ・カーブ」だ。

つまり、2%を超えたらすぐ金融引き締めでも構わないと思っているのは大きな間違いだ。そもそも、金融正常化なんてスローガンで金融政策を行うのは筋違いであって、金融政策はインフレ率(それと裏腹の失業率)との関係で動かすか動かさないかでしか、意味がない。


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なお、3月22日に公表された消費者物価指数(前年同月比、生鮮食品を除く)は2.8%だった。しかし、1月24日に日銀より公表された「経済・物価情勢の展望」では、消費者物価指数(除く生鮮食品)の対前年度比について、政策委員の見通しは、2023年度2.8~2.9、2024年度2.2~2.5、2025年度1.6~1.9と、インフレ目標の範囲内といってもいい。消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー)でみても、2023年度3.7~3.9、2024年度1.6~2.1、2025年度1.8~2.0と物価高騰の問題は見えない。

こうした状況でなぜ金融引き締めを行うのかは、インフレ目標の観点からはまったく理解できない。

日銀のやりたい放題

なお、元日銀副総裁の岩田規久男氏も、「どうして日銀は焦って決めた?」 といい、前日銀審議委員の片岡剛士氏も「『なぜ今か』という疑問について説明がある内容ではない」としている。

日銀は過去にもデフレターゲットではないかと言われたことがある。黒田日銀の前の白川日銀時代であるが、インフレ率が0%を超えたら金融引き締めを行ったこともある。今回は2%を超えたらすぐ引き締めだ。このあたりは、2010年1月8日付け本コラム〈なぜ日本経済だけが一人負けなのか 鳩山政権は日銀に「デフレターゲット」を捨てさせろ〉に書いている。

金融政策は、広範に影響が及ぶ。短期金利の引き上げは、企業の運転資金金利、個人の変動住宅ローン金利に影響が及びうる。多少テクニカルだが、直ちに変動住宅ローン金利には影響が出ないように工夫もされているが、いずれ上がるだろう。長期金利も企業の設備投資資金金利に影響が出るだろう。

さらに不味いのは、今回の利上げが、岸田政権が政治とカネで機能不全になっている状態で行われた。それは黒田日銀時代にはあり得ない「情報リーク」があったからわかる。

インサイダー取引的なモノを誘発するから日銀内のブラックアウト・ルールで禁止されているはずだが、一部金融業界への利益誘導があったといわざるを得ない。この利益誘導は、日銀官僚の金融機関への天下りに少なからぬ関係がある。

日銀は政府の子会社である。かつて安倍元首相がこの発言をしたときに、鈴木財務相は「政府は日銀に対して55%を出資しているが議決権は持っていない。また、法律で金融政策や業務運営の自主性が認められており、日銀は政府がその経営を支配している法人とは言えず、会社法でいう子会社にはあたらないと考えている」といった。日銀が会社法の子会社であることはありえないが、不勉強なマスコミは、安倍元首相の発言が否定されたと報じた。

それは間違いであるが、その経緯は、2022年5月16日付け本コラム「財務省がマスコミを煽って火消しを図った「安倍元首相発言」、いったい何が問題だというのか」を参照されたい。

いずれにしても、親会社の政府が情けないので、子会社の日銀はやりたい放題だ。今のところ日銀は低姿勢かもしれないが、今後は暴走する可能性もある。

FRBを見習ったらどうか

また、政府の中にも財務省は、日銀のマイナス金利解除の見切り発車を奇貨として、政府によるデフレ脱却宣言を経て、財政政策と金融政策での緊縮政策を打ち出そうとしている。ゼロゼロ融資打切り、社会保険料減免打切り、再エネ賦課金アップ、少子化賦課金などなど、ステルス「増税」が今後たくさんでてきそうな予感がする。

実のところ、これが、今回の見切り発車の背景にもなっている。親会社政府がキチンと子会社日銀をいい方向に持っていくのではなく、自分達の別の野望のための手段として使っている側面もある。

なお、同時期に行われたアメリカFRBの金融政策を見ておこう。

3月20日(水)、米国の政策金利を決める連邦公開市場委員会(FOMC)は米国の政策金利であるフェデラルファンズ・レート(FFレート)を現行の5.25~5.50%を維持することが発表された。

FOMCによる経済見通しでは、2024年実質経済成長率、失業率、インフレ率(個人消費支出デフレータ)はそれぞれ2.1%、4.0%、2.4%。12月にはそれぞれ1.4%、4.1%、2.4%だったので、アメリカ経済依然として力強い動きだ。

12月と今回で経済見通しに変化がないので、アメリカでは政策変更がなかったわけだ。アメリカ経済の足元をみると、2023年10-12月期実質経済成長率3.2%、2024年2月失業率3.9%、2024年1月インフレ率2.4%となっている。金融政策の観点から見ると、目標である2%を超えていても、何ら気にしてない。今回のFOMCによれば2024年末のFFレートの見通しは去年12月と同じ4.6%。一回あたり0.25%の利下げ幅とすれば、年内3回の利下げの見通しとなるわけだ。

まだ日本では失業率を下げる余地(経済成長率を上げる余地)があるのに、インフレ率か2%超えたら見切り発車で利上げに走る日銀は、アメリカFRBの金融政策を見習ったらどうか。