アルツハイマー病に関係する「アミロイドβ」じつは、若い人でも発生していた…!なんと、「スポーツドリンクのような液体」が脳を洗っていた

毎年9月21日を「世界アルツハイマーデー」とし、「国際アルツハイマー病協会(ADI)は、世界保健機関(WHO)と共同でこの日を中心に認知症の啓蒙を実施しています。1994年のこの日、スコットランドのエジンバラで開催された「第10回国際アルツハイマー病協会国際会議」上で、患者とその家族に援助と希望をもたらす事を目的に制定されたことによるものです。

※ 厚生労働省によるアルツハイマーデーの解説

さて、先日、アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」が日本でも承認される見通しとなり、話題となりました。この新薬は、脳の中にたまったアミロイドβという異常なタンパク質を取り除くことを目的に開発されたそうです。

じつは健康な人でも、脳の中でアミロイドβは作られているのですが、脳内の「ある働き」によって日々洗い流されているといいます。その働きを担っているのが、「脳の中の水」です。

脳は硬い頭蓋骨の中で液体に浸っていますが、脳の隅々を満たすこの「水」は、常に流れて入れ替わっていることが、最新研究で明らかになりました。そして、この水の流れが、脳の健康に関わっているかもしれないという事実が見えてきたのです。

人はなぜ歳を取ると認知症になるのか、その謎を解き明かす鍵が、この「水の流れ」にあるのかもしれません。脳を満たす「水」について、好評のブルーバックス『脳を司る「脳」』の内容を踏まえて、見ていきましょう。

【書影】脳を司る「脳」

*以下、『脳を司る「脳」――最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき』から、内容を一部再構成してお届けします。

私たちの体の中を満たす「母なる海」

私は海沿いの港町で生まれ育ったため、海をみるとホッとした気持ちになります。朝市ではとれたての魚介類が売られていましたし、幼少の頃からお刺身やお寿司が大好物です。東京に来てからは、海を見る機会もめっきり減ってしまいましたが、やはり年に数回は広い海を見て癒されたくなります。

海は、人類にとっても故郷と言えるのかもしれません。人体のおよそ6~7割は水からできていると言われています。その水には、色々なものが溶け込んでおり、生理食塩水と呼ばれているとおり塩っぽいものです。
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海は人類にとっての故郷と言えるかもしれない photo by gettyimages

私たちの祖先が海からやってきたことを思えば、私たちの体を作る細胞にとってはそれがもっとも居心地が良い状態ということができます。細胞の中は当然のこと、細胞の外側も同様の液体で満たされています。言うなれば、あたかも培養液に浸っているような感じをご想像いただければ良いかと思います。

脳は液体の中に浮かんでいる

脳は、頭蓋骨によって厳重に守られていますが、さらにその中には液体が詰まっており、脳はその液体の中に浮いているような格好をしています。この液体は「脳脊髄液」と呼ばれており、脳の衝撃を吸収する緩衝材としての役割を果たしています。たとえて言うと、お豆腐のパックが水で満たされているのと同じ理由です(実際は漬物のパックのようにもっと密封されたものですが)。

脳脊髄液は、“脳の中”で常に作られている特別な液体ですが、元々は私たちの体内にあるものから作られています。何だかわかるでしょうか?

そう、血液です。脳の中には、血液をこし取って、赤血球や白血球などを取り除き、成分調整をして脳内に送り込む特殊な場所(脈絡叢/みゃくらくそう)が存在しています。

【図】脳室と脈絡叢脳室と脈絡叢。脈絡叢で脳脊髄液が産生される。脳脊髄液は、側脳室、第三脳室、中脳水道、第四脳室と流れていき、脳全体や脊髄へと送られる

脳の中で脳脊髄液が作られる場所は、脳室と呼ばれる空間で、脳の左右に一対、中央に一つあり、それぞれ側脳室、第三脳室と呼ばれています。第三脳室はさらに第四脳室へと繋がっており、そこから脳と脊髄全体に脳脊髄液が送られています。

脳脊髄液は「1日に4~5回」入れ替わっている

成人の脳における脳脊髄液は、約130 mLと言われています。脳の容積は約1500 mLなので、脳の1/10に相当する量が液体だというわけです。

脳脊髄液は、約5~6時間で全量が入れ替わる程度のスピードで産生されているとされていますから、1日に4~5回入れ替わっている計算になります。

したがって脳脊髄液は、ただ脳を浸しているだけなく、頭蓋骨の中で常に流れています。脳脊髄液は、循環したあと、脳表にある血管に吸収され全身に戻っていくことが知られています。

重要な脳を守る構造

脳はただでさえ頭蓋骨によって頑丈に守られ、さらには緩衝材としての液体を備えていることからも重要な臓器であることがうかがい知ることができます。

それでは飽き足らず、頭蓋骨の下ではさらに3つの層からなる「髄膜」によって覆われています。髄膜は、硬膜、クモ膜、軟膜の3つからなっています。硬膜下血腫やクモ膜下出血という病気があるとおり、この膜の上にある血管で出血が起こると、血液が溜まってしまい、脳組織を圧迫すると低酸素状態になってしまい、ひどい場合には脳組織が壊死してしまうため深刻です。

【図】髄膜
硬膜、クモ膜、軟膜からなる髄膜

硬膜とクモ膜、軟膜と脳表の間にはほぼ隙間がなく、見分けるのは難しいとされています。一方、クモ膜と軟膜の間には、クモ膜下腔(くう)と呼ばれる空間があります。じつは、脳脊髄液は、このクモ膜下腔を通って移動していると考えられています。

甘くないスポーツドリンクのような液体

細胞と細胞の隙間を満たしている液体は「間質液」や「組織液」と呼ばれており、細胞が活動した際に排出されるさまざまな老廃物をリンパ管へと洗い流す役割を持っていると言われています。

【図】細胞間を満たす間質液
細胞間を満たす間質液を模式的に示した。間質はいろいろな器官・臓器で共通して持っている構造。細胞と細胞のすきま、組織と組織のすきまには、線維と体液からなる空間が存在する〈Benias et al., Scientific Reports volume 8(2018)を参考に作製〉

脳細胞を取り囲んでいる間質液は、脳脊髄液が脳組織内に染み込んでできたものと考えられます。脳脊髄液の組成は、そこまで甘くないスポーツドリンクのようなもので、ナトリウムやカリウムなどのイオンが溶け込んでいます。じつは、この脳細胞を取り囲む間質液のイオンバランスが脳の電気的活動の元になっているのです。

脳の“ゴミ”はどこへいくのか?

脳は基礎代謝の約20%のエネルギーを消費すると言われており、ぼーっとしているときでさえ肝臓や筋肉と並んで非常に活発に働いています。エネルギーを使って働いたあとには当然さまざまな代謝老廃物が発生します。

例えばアミロイドβと呼ばれるタンパク質は、老廃物の一種と考えられており、脳内に蓄積することがアルツハイマー病と関連すると言われています。アルツハイマー病は、主に高齢者がなるとされていて、認知症や記憶障害を伴う深刻な病気です。

脳に沈着したアミロイドβは、別名「老人斑」と言われるとおり、お年寄りのイメージが強いですが、じつは、若い人の脳でもアミロイドβは発生していると言われています。

では、健康な脳を維持するために、この脳の中の“ゴミ”はいったいどこへ運ばれているのでしょうか。続いては、このゴミの行方を追ってみましょう。

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長く謎だったゴミの行方…「ある発見」見えてきた! 次回はこちらから

脳を司る「脳」――最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき

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