日本人が知っているようで知らない、健康診断の「本当の話」…実は「意味がない数値」がほとんど


「老いと闘う」のか「老いを受け入れる」のか——。

どれほど医学が進歩しても、人間は不老不死を得ることだけはおそらくできません。そうである以上、しかるべきタイミングがやってきたらそのときは自分自身の老いと向き合う必要が当然あります。

本記事では、精神科医の和田秀樹氏が特に40代以降で気を付けるべき点について、くわしく解説していきます。

※本記事は和田秀樹『年代別 医学的に正しい生き方 人生の未来予測図』から抜粋・編集したものです。

知っているようで知らない健康診断の話

40代で特に気をつけるべき身体の衰えとしては、前頭葉の萎縮やセロトニン、性ホルモンの分泌量減少がありますが、人によってはこれ以外の点でも医師から肉体的な衰えを指摘され、焦ることは当然あるでしょう。

特に日本の場合、使用者が労働者に健康診断を受けさせなければいけないという世界的には珍しい労働安全衛生法の規定があり、事実上健康診断を受けなければいけなくなっています。40代以降はこの健診に「ひっかかる」、つまり検査データに異常な数値が出ることが増えてきます。

ただこの健康診断に関しては取り扱いをまちがえないようにしたいものです。というのも日本の健康診断の検査データは多くの場合、健康と考えられる人の平均をはさんで95%の範囲におさまる人を「正常」、高いほうでも低いほうでもそれをはみ出した5%を「異常」と判定されるように作られており、GOT(グルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミナーゼ=肝機能障害の兆候を知る手がかりとされる数値。現在はASTと呼ぶことが多い)が高かろうが、コレステロール値が高かろうが、それはあくまで平均プラスマイナスの標準偏差で決めているだけのものであるからです。

数値が異常だからといって、それが明らかに病気につながるかといえば、そのようなしっかりしたエビデンスのある検査はじつはあまりありません。そもそも「健康と考えられる人」なのに、その95%をはみだした値の人が「異常値」だとされているのですから。

現在、日本の健康診断では50~60項目に関する検査をおこなうのが一般的かと思いますが、これらのうち、エビデンスがあるものは血圧や血糖値などせいぜい5項目ぐらいです。つまり、血圧や血糖値がものすごく高い場合などは、その時点や将来にその人の健康状態に明らかによくないことが起こる(これも確率論なのですが)と認められるものの、それ以外の項目に関しては数値がよかろうと悪かろうとほぼ当てになりません。

特に典型的なのがコレステロール値の検査でしょう。健康診断でコレステロールの値が高かったせいで食生活の改善を求められた人は多いでしょうが、じつはコレステロール値の上昇と健康の悪化を関係づけるはっきりしたエビデンスというものは、少なくとも日本では存在しないのです。

正直なことを言えば、私は健康診断については受ける価値などほとんどないと思っています。

健康診断を受けた人がコレステロールや血圧の数値になぜ一喜一憂するかといえば、それらが原因となって起こると言われている動脈硬化や脳梗塞、心筋梗塞などの重篤な病気になることを恐れ、それらを予防したいと思っているからでしょう。

しかしその割に、健康診断で悪い数値が出てその後もほったらかしにしていたのに心臓の血管が一向に狭くならない人もいれば、逆にまったくの正常値だったのに心筋梗塞で倒れる人もいるなど、健康診断の結果と実際の健康状態があまりリンクしていないのが日本の健康診断の実際なのです。

それ以上に問題なのは、そのリンクを長期の大規模調査で追跡した研究が日本ではほとんどないことです。疾病構造も(世界中の多くの国で死因のトップは心疾患なのですが、日本はガンで死ぬ人が急性心筋梗塞で死ぬ人の10倍以上いて、心筋梗塞で死ぬ人は世界で最低レベルです)食生活も違う海外のデータを無理に信じ込まされているという実情があります。

意味があるのは脳ドックと心臓ドックだけ

ただ私は、心臓ドックと脳ドックにかぎっては受ける価値があると思っています。その理由は心臓ドックに関して言えば、日本の心臓外科医は海外とくらべて圧倒的に医師一人当たりの手術件数が少ない(要するに手術に慣れていない)ため一般的にバイパス手術の技術が低いかわりに、内科的な血管内治療の技術がきわめて高いからです。

内科的な血管治療というのは、カテーテルを通してバルーンを膨らませて、血管が狭く詰まりそうになっているところを広げたり、あるいはステントという器具を血管内に入れることでそこを詰まらなくする治療です。要するに心臓ドックで、冠動脈と言われる心臓を取り巻く血管に狭窄が見られたら、そこを広げる技術が充実しているということです。あるいは、このドックで解離性大動脈瘤などがみつかれば、それに対する処置もある程度可能です。

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また脳ドックに関しても、多くの人は認知症予防のために受けているという認識でしょうが、残念ながら脳ドックは認知症の予防にはなりません。しかしそのかわりMRIで脳の血管がかなりきれいに撮影できるので、脳ドックを受けることである程度以上の大きさの動脈瘤を見つけることができます。動脈瘤を早期発見できれば、カテーテルを用いてその部分を固めるなど動脈瘤を破裂させないようにする予防手技が受けられます。

2018年には西城秀樹さん、大杉漣さんなどまだ60代の著名人があいついで急性心不全で亡くなっていますが、私は新聞でこの2人の死亡記事を読んで、少しばかりやりきれない気持ちになりました。

解剖結果などがわかりませんが、大杉さんの場合は腹痛を訴えた約4時間後に亡くなっており、直接の死因は心筋梗塞か大動脈解離、いずれにしても心臓のどこかの血管に問題があったことが原因と考えられます。じつはこれらはいずれも、心臓ドックを受けてさえいれば発見される可能性の高い病気です。

また西城秀樹さんのケースでは、48歳と56歳のときに2度の脳梗塞を起こしています。2度も脳梗塞を起こすのは相当に血管が詰まりやすい体質ということでしょうから、2度目の脳梗塞を起こした時点では脳だけでなく心臓の動脈硬化が起こっている可能性も当然疑ってみるべきでした。

こうしたことの背景には、日本の医師特有の縦割り意識があったのではないかと私は疑っています。一般に、診療が「臓器別」でおこなわれる日本の医療現場では、脳梗塞を複数回起こしたからといって、「じゃあ、心臓も調べておきましょう」と言ってくれる親切な脳外科医はなかなかいないものなのです。

「20年理論」

私は、健康診断を受ける意味が仮にあるとすれば、それをもとに自分自身の「20年後」の健康状態を予測することだろうと考えています。つまり、検査でコレステロール値や血圧、血糖値が高いと診断されたのならそれは動脈硬化のリスクファクター(危険因子)ということになりますが、ほんとうにそれによって脳梗塞や心筋梗塞になるのはだいたいの場合20年などかなり先である、ということです。

したがって、仮に40代で血圧や血糖値などの異常値が出はじめたのならばその検査データを過剰に恐れるのではなく、脳梗塞や心筋梗塞が「20年以内に」起こりかねないという自覚をもち、そうなる前に脳ドックや心臓ドックを受けるという心構えが大事だということです。

こうした考え方は「20年理論」と呼ばれることがあります。要するに喫煙であれ飲酒であれ、40代のうちはそのリスクが20年後にやってくるという意味で気にしましょうということです(したがって病気予防のために運動などを始めるなら、40代のうちがベストでしょう)。

もっとも、20年といえば医学の研究が大幅な進歩を遂げるにはじゅうぶんな時間ですので、ひょっとしたら20年後にはiPS細胞(人工多能性幹細胞)をフル活用した再生医療が実用化されていて、多少の動脈硬化であればiPS細胞をぱらぱらと動脈にまくことで血管が若返って治ってしまうことだってあるかもしれません。

もちろん、ほんとうにそうなるかどうかは誰にもわかりません。しかし、未来における医学の進歩を信じられるのであれば、検査結果を闇雲に恐れるよりは、とりあえず先ほど述べたように心臓ドックなり脳ドックなりを受けて突然死のリスクだけは避けておき、それ以上のことに頭を悩ませるのはやめておくのが精神衛生上もベターであろうと思います。

本記事の抜粋元『年代別 医学的に正しい生き方 人生の未来予測図』ではさらに、会社で出世レースから脱落したら、子どもの就職がうまくいかなかったら、親や配偶者の介護に直面したら、ガンになったら——、という不安について、どの年代で何が起きるのか解説し、 後悔しない人生を過ごすための年代別傾向と対策が書かれています。