個人事業主の売上はいくらになったら「法人化」したほうがいい?税理士が考える「正解」

個人事業主として仕事をしていくべきか、それとも法人をつくって事業を経営していくべきか……。会社をやめて、独立しようと考えている人なら、誰もが迷うポイントだろう。それぞれのメリット、デメリットについて、著書に『会社をつぶさない社長の選択』がある税理士の松岡靖浩氏がズバリ答える。

これから起業する場合、個人事業主か?法人か?

近年、企業の働き方改革により副業をする方が増えてきました。コミュニティの運営やSNS、動画配信など、これまでよりも働き方の間口も広がり、勤め先を退職して起業するケースも増えています。

では、これまで会社勤めだった方が起業する場合、個人事業主として仕事をしていくべきか、それとも法人を作り会社として事業を経営していくべきなのか、はたしてどちらがいいのでしょうか?

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結論から言うと、新しく事業を立ち上げる場合には個人事業主として起業するほうがいいと私は考えています。収益の安定化や事業の先行きが気になりますし、法人はいつでも作れるため、まずは個人事業主として様子を見ながら事業を軌道に乗せていくことがおすすめです。

逆に言うと、事業の見通しがしっかりと立っているのであれば、会社として事業を経営していくほうが信用力や税金面での恩恵が大きいため、個人事業主ではなく最初から法人を作るほうが望ましいです。

個人事業主の場合、最初に確定申告を白色申告にするか青色申告にするかを選択する必要があります。

結論としては、青色申告で申告したほうが圧倒的にメリットが大きいです。青色申告には節税につながる特典がたくさんあり、起業するのであればこれを使わない手はありません。ですので、開業届を税務署に提出し、それと一緒に青色申告の承認申請書を開業日から2カ月以内に必ず提出してください。

ちなみに、よく「白色申告で帳簿をつけずに気軽にやりたい」と言う方がいらっしゃいますが、白色申告者が帳簿をつけなくていいのは一昔前の話です。現在は白色申告でも帳簿は必要です。

どちらにせよ帳簿が必要なのであれば、白色申告よりも青色申告で帳簿を作成し、青色申告のメリットを享受したほうが賢い選択と言えるでしょう。

「700万円」を目安に法人化を検討する

法人のメリットとして一番に挙げるなら、信用力の大きさです。

とくに取引先が大きな企業や上場企業などになると、個人事業主のままでは取引できないと言われるケースは多々あります。私の顧問先でも、上場企業の取引先から「個人事業主のままですと、ちょっと取引は難しいですね」と言われ、わざわざ個人事業主から会社を設立したケースがあるくらいです。

どれほど売上が大きかったとしても個人事業主のままだと信用力が低く、上場企業などの取引先からは口座を開いてもらえないというリスクがあるため、規模の大きな会社と取引の可能性がある場合には、早い段階で法人化を検討すべきです。

次に、税金面から法人のメリットについて考えてみましょう。

個人事業主として売上が上がってくると、それに比例して事業所得が多くなり、所得税も高くなってきます。フリーランスや個人事業主の方で、ある程度の売上が上がると、「どの程度の所得から法人化すると税金面で得になるのか?」「法人化したほうがいいのか?」と相談に来られるケースは非常に多いです。

このような相談をいただいた場合、私は大体700万円を超えてくるタイミングで法人化を検討すべきだとお伝えしています。

これには法人税と所得税の税率が関係してきます。中小法人の場合は法人税と事業税・住民税、これらを合わせ、所得ごとに25~45%の範囲で税金がかかってきます。

たとえば700万円の所得の場合、法人だと約25%の税金がかかります。一方で個人事業主の場合、700万円の所得税率は住民税と合わせると33%です。

また、法人の場合は800万円を超えても税率は最大で40%程度ですが、個人事業主の場合は累進課税により、所得税と住民税を合わせると最大で55%の税率となり、法人よりも個人事業主のほうが明らかに税金が高くなる仕組みになっているのです。

老後の生活においても大きな違いが出る

これを考えると所得が800万円を超えるなら、確実に法人のほうが税金面でメリットが大きいことがわかりますね。

また、法人の場合、経営者も会社員のように会社から給与を受け取れます。つまり経営者に給与を支払った後に残った利益を会社の所得として計算するということです。

個人事業主の場合は、事業所得がすべて個人の所得として計算されますから、会社と個人で分散することができる法人は、節税という点で有利に働くと言えます。

とくに給与の場合は「給与所得控除」もあり、収入額によって一定の金額を給与から控除して所得を計算するため、同じ所得であっても個人事業主よりも所得税が低く抑えられます(会社員は個人事業主のように経費が認められないため、収入額に応じて給与所得控除が認められています。給与所得控除は会社員の経費みたいなものだと考えておくとわかりやすいかもしれません)。

法人と個人事業主では老後の生活においても大きな違いが出てきます。中でも一番大きく変わるのが年金ではないでしょうか。

個人事業主の場合、厚生年金には加入することができず、国民年金にしか入れません。国民年金の場合、満額かけたとしても、もらえる金額は月々7万円程度です。

一方で法人になると、厚生年金に加入することになるため、国民年金と合わせ月々20万円程度の支給があります。この年金額の差を見ると、厚生年金に加入できたほうが将来の心配も少なくなりますよね。

ただ、この厚生年金の加入に関してはメリットばかりではありません。もらえる金額が多いということは、当然掛金も高くなるので金銭的な負担が大きいのです。

社会保険料の負担を減らす方法とは?

たとえば月給50万円の方の場合、社会保険料の天引き額は約15%の7万5000円です。これは会社と個人で折半しているため、会社負担も7万5000円になります。つまり、会社から毎月15万円が引き落とされるということです。

当然、会社負担分は経費として計上することができますが、それでも会社にとっては大きな支出となります。

法人の場合、厚生年金は強制加入ですから、会社の経営状況によっては資金繰り悪化の原因にもなり得ますし、最悪の場合、社会保険料が払えなくなり、資産を差し押さえられるケースも考えられるのです。

ただ、この社会保険料の負担を減らすための方法もあります。事前確定届出給与の届けを提出するという方法で、とくに年収が1000万円以上の場合に有効です。

中小企業で年収1000万円以上となると、役員の方がほとんどだと思います。法人では、原則的には役員に賞与を支払っても経費になりませんが、あらかじめ決められた金額を、所定の時期に支給すると定めて事前に税務署に届け出ることによって、役員の賞与を経費にできます。この届出が「事前確定届出給与」です。

では、具体的にどれくらい安くなるのか、年収1200万円の場合で見ていきます。

「月収100万円」で支払うと、会社負担額は約15%なので、月15万円。1年で15万円×12カ月=180万円です。

これを、「月収30万円、賞与840万円」としてみます。会社負担額は、月収30万円の15%として、4万5000円×12カ月=54万円。賞与840万円の会社負担額は、上限があるため約15万円。つまり、54万円+15万円=69万円。

よって180万円-69万円=111万円の社会保険料の減額が可能になります。

なお、社会保険料が111万円分減額される一方で、法人所得が111万円出てきますので、これの約30%は、法人税等で支払わなくてはなりません。ただし、法人が赤字の場合には法人税等の負担がなくなるため、丸々キャッシュが残ります。