通貨危機級の円安は日本の自業自得、悪いのは日銀だけか?

通貨危機級の円安は日本の “自業自得”、悪いのは日銀だけか?

これほどまでの円安は、わが国の経済政策の“自業自得”といえるかもしれない。海外の一部の専門家からは、「通貨危機的円安」と言われる状況に陥っている。過度な円安を止めるには、いったいどうしたらいいのか。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)

円安は日本の経済政策の「自業自得」海外から「通貨危機的円安」と言われる状況に

円安傾向が一段と鮮明化している。4月29日、160円24銭までドル高・円安が進行する場面もあった。その後、覆面介入とみられる動きなどから円は対ドルで反発したが、年初から5月3日までに、円はドルに対して8.5%下落した。海外の一部の専門家からは、「通貨危機的円安」と言われる状況に陥っている。

通貨危機級の円安は日本の “自業自得”、悪いのは日銀だけか?
オレンジの不作と円安が影響し、ジュースの材料を輸入できなくなる飲料メーカーも出ているという(写真はイメージです) Photo:PIXTA

円安と、世界的な資源や食料品価格の上昇で、わが国では必要な資材の輸入が難しくなるケースも出始めている。オレンジの不作と円安が影響し、ジュースの材料を輸入できなくなる飲料メーカーも出ているという。果汁在庫がなくなり次第、販売を休止するようだ。円安の影響は、私たちの日常生活にも影響を及ぼし始めている。

円安の進行について、重要なポイントとなるのはわが国の金融政策である。1990年代初頭以降、日本経済の実力が低下したことは残念ながら顕著だ。景気低迷を金融緩和で支える経済政策によって、これまでの常識を超える大規模な金融緩和に拍車がかかった。

わが国の金利は極度に低い状況が続いている。円資金も必要以上に潤沢に供給された。それに対して、2022年3月以降、米国で急速に金利が上昇した。こうして主要投資家にとって、潤沢で金利の安い円を借りて、それをドルに換えて運用する「円キャリートレード」の妙味は高まった。また、日本企業や個人投資家が、成長期待の高い米国株などに資金を投じたことで、国内からの資金流出が勢いづいた点もある。

これほどまでの円安は、わが国の経済政策の“自業自得”といえるかもしれない。過度な円安を止めるには、いったいどうしたらいいのか。

オレンジジュース、オリーブオイル、チョコレート…円安で食料品や必要な資源の輸入が難しくなる

4月後半、予想を上回る米国経済指標の発表や、日本銀行の円安を容認するとも受け取れる発言もあったことから、34年ぶりの水準まで円安は進行した。

通貨危機級の円安は日本の “自業自得”、悪いのは日銀だけか?
食料やエネルギー資源を輸入に頼るわが国にとって、円安の進行は原材料コストの上昇要因になる(写真はイメージです) Photo:PIXTA

食料やエネルギー資源を輸入に頼るわが国にとって、円安の進行は原材料コストの上昇要因になる。典型例の一つが、国内飲料メーカーによるオレンジジュースの販売休止だ。ブラジルなどで異常気象によりオレンジ果汁の供給が減少し、年初来で、オレンジジュース先物の価格は2割程度上昇した。

わが国のオレンジジュースの約9割は輸入品とみられ、円安で国内メーカーの原材料調達コストは膨れた。オレンジジュースの値上げに踏み切る、あるいは国産ミカンでの代替を検討する企業が増えている。

ただ、そうした取り組みにも限界がある。食料や日用品の価格上昇率は「名目賃金」を上回り、3月まで24カ月続けて「実質賃金」は前年同月比でマイナスだ。オリーブオイルやチョコレートも世界的な相場上昇と円安によって、国内での小売価格が上昇傾向にある。

世界的な供給の不安定化を背景に、モノやサービスの価格は上昇が続いている。加えて、円安が進行し、わが国の輸入物価の上昇圧力は再び高まっている。日本企業にとって、一部の資材では量を確保することが相当な困難となっている。

海外の投資家にとって円金利の低さ潤沢さは見逃せない収益チャンスに

1990年代初めに資産バブルが崩壊して以降、わが国では事実上、ゼロ金利の環境が続いた。2013年以降は、“アベノミクス”により異次元の緩和策が強化された。日銀は国債流通市場から長期国債を大規模に買い入れ、大規模に通貨供給量を増やした。

16年2月から、日銀はマイナス金利政策も実施し、極端に金利が低い環境が出現した。そうして21年春先以降、世界的に物価の上昇が鮮明になっても、わが国は異次元の緩和を継続し、多額の資金供給を継続してきた。

現在、GDP比で見た通貨供給量(マネーストック)は約2倍と、主要先進国の中でも圧倒的に高い。つまり、国内の円資金が有り余っている。米FRBは物価安定のための利上げに加えて量的な引き締め(QT)を実施したが、わが国の金融政策はそこまで至っていない。主要中央銀行のバランスシート規模(対名目GDP比)に関して、日銀は約120%に達した。この水準は米FRB、英国のBOE、欧州のECBを上回る。

海外の投資家にとって円金利の世界的な低さ、潤沢さは見逃せない収益チャンスとなっている。ヘッジファンドなどの主要投資家は、日米の金利差を使って大規模な円キャリートレードを行った。

4月中旬時点で米国の2年国債の流通利回りは約5%だった。一方、わが国の2年金利は、3月のマイナス金利政策解除で幾分か上昇したものの0.3%程度だった。円で資金を調達して米ドルに換える、ドル資金を用いて米国の短期国債を購入するなどして、主要投資家は高い利得を追求できる。そうした取引が連鎖的に増え、円売りに拍車がかかった。米商品先物取引委員会(CFTC)のデータによると、4月23日時点で、為替先物を使った円売りの水準は18万4180枚だった。06年以降の最高水準である。

また、豊富な円資金の一部は、24年から始まった新NISAをきっかけに海外に流出した。他方、海外の金融・経済の専門家の間では「今回の通貨危機的な円安は、日本政府の自業自得」との指摘もある。それほど1990年以降の、わが国の緩和に緩和を重ねた金融政策は、円の減価圧力を高めた。

円安を改善するのに必要不可欠なのは実力を高め「金利のある経済」に戻すこと

わが国が金融緩和の強化を重ねることが必要な背景に、経済の実力(潜在成長率)の低下がある。世界のGDPに占める、わが国のシェアの推移を確認すると一目瞭然だ。内閣府によると、世界のGDPに占める日本の割合は1980年に9.8%だった。95年には17.6%まで高まった。2010年に8.5%、足元では4%程度に落ち込んだ。

日本銀行が公表している潜在成長率の推移を確認すると、1990年時点でわが国の潜在成長率は4.0%を上回っていた。それがバブル崩壊後、時間の経過とともに低迷した。2020年度後半(20年10月~21年3月)はコロナ禍の発生もあり0.22%にまで低下した。

その後は徐々に持ち直し、23年10~12月期は0.68%と推計されたものの、1%後半から2%代前半との見方の多い米国との経済の実力の差は大きい。IMF(国際通貨基金)によると25年、インドはわが国を追い抜き、世界第4位に浮上する見通しだ。

わが国の潜在成長率の低下の要因は、バブル崩壊後の経済状況にあるだろう。急速な資産価格の下落と、景気悪化に直面したわが国の企業は成長よりも「守り」を優先した。また、政府による不良債権処理も遅れた。1997年度までは公共事業関係費の積み増しで景気を下支えしたが、IT先端分野など成長期待の高い分野へ経営資源を再配分することが遅れた。

国内の多くの企業が、人材をはじめとしたコスト削減に走り設備投資も縮小した。一方、労働者サイドは、年功序列や終身雇用などの雇用慣行の維持を経営陣に求めた。こうして日本の労働市場では、成長期待の高い分野や企業にヒト・モノ・カネが再配分されにくくなった。

日本企業から高価格帯の新しい製品やサービスを生み出す機会が少ないこともあって、賃金は伸び悩んでいる。OECD(経済協力開発機構)のデータによると、1991年~2022年の間、OECD加盟国の平均賃金(年間)は32.5%上昇したが、わが国は2.8%にとどまった(22年の購買力平価ベースの米ドル基準)。

中東情勢の緊迫化や異常気象による農作物の生育不良、米中対立などさまざまなリスクを考えると、今後、世界的に物価は高止まりする恐れがある。日本経済の実力回復が遅れると、「円売り圧力」が続く可能性は高い。経済の実力を高め、金利のある経済状況に戻すことこそ、通貨危機的と言われかねない円安の状況を改善するのに必要不可欠である。