憲法9条を詩訳したら「戦争だとか武力による威嚇だとか永久にごめんだな」 主語を「私」にした詩人の思い

<その先へ 憲法とともに③>

◆4年前、SNSで発信

「私は決めた」「私はずっと平和がいい」。2020年5月3日。詩人の白井明大(あけひろ)さん(53)=鳥取市=は、平和憲法の根幹である日本国憲法前文を詩に訳し「日本の憲法 最初の話」と題して交流サイト(SNS)で発表した。

日本国憲法への思いなどを話す、詩人の白井明大さん

日本国憲法への思いなどを話す、詩人の白井明大さん

世界各地で紛争が相次ぎ、平和が揺らいでいる。「憲法記念日に何かできることはないかと、当日の朝に思い立ったんです。ずっと頭の中にあったことで、30分ほどで書き上げました」と振り返る。

77年前に施行された憲法は、法律文の文体で難しく、読みにくいイメージがある。詩訳では、話し言葉でわかりやすく、読み手に憲法の理念を伝える。

新型コロナウイルスの感染拡大により、全国で緊急事態宣言が出されていた時期。「当時は沖縄に住んでおり、島から出られなかったんです。だから言葉に飛んでいってもらい、誰かに届いてもらえればと思った」。2年後の憲法記念日には、原文と合わせて6ページのフリーペーパーにして約3000部を知り合いの書店などに置いてもらった。ダウンロードしてコンビニでプリントアウトできるようにもした。

◆原文は「日本国民」から始まるが

原文は「日本国民」から始まる。だが、詩訳の主語は「私」だ。「日本国民って誰だろうと考えると、僕であり、あなた。憲法は日本にいる一人一人のものなんだ。詩訳によって憲法の趣旨を心で感じるという橋渡しをすることができたら」とゆっくり言葉を紡ぎ出した。

昨年3月には、他の条文や条約も盛り込んだ「日本の憲法 最初の話」(KADOKAWA)を出し、戦争放棄や基本的人権のほか、さまざまな権利や自由を定めた条文を詩訳した。

例えば9条はこうだ。「戦争だとか 武力による威嚇だとか 武力の行使だとか そんな解決方法なんて永久にごめんだな。そんなのポイッと放棄するよ」。教育を受ける権利を定めた26条1項では「きみは、無限だ」と語りかける。「子どもの貧困は、親の貧困。差別や貧困は一度社会にはびこると、社会がだめになってしまう虫歯菌みたいなもの。見つけ次第、早めになくさなければ」と話す。

◆「絵本のスイミーみたいに…」

労働者の権利を認める28条は、子ども向けの絵本を例に挙げる。

「私たちは絵本の『スイミー』みたいに ひとつに団結して 大きくなって 『賃金を上げて』 『待遇や条件をよくして』 『勝手にクビにしないで』などなど…… 会社と団体交渉する権利を持っている」。小さな魚が一致団結して大きな魚に立ち向かう姿を描いた内容に「団結をどう詩に書こうかと考えたときに、小さい頃すごくふに落ちたことがあった。それがスイミーだった」と説明する。

婚姻について定める24条も取り上げた。「妻に名字を変えさせたくなかったので別姓が良かったが、制度がない。自分が名字を変えたが、本当に不便だった」と自身の経験を語る。「本来、誰が誰と結婚しようと当事者が幸せであればいいはずだ」。今年3月に札幌高裁は、同性婚が認められない民法などの規定は違憲との判断を示した。「結婚すらできないということで当事者がどれだけ理不尽な目に遭っているか」と訴える。

詩を書く源は「自由」だ。「人間が自由であるから詩を書くことができる。誰かが自由だけど、一部の誰かが自由ではないという社会は自由じゃない」

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小学生でも読めるよう絵本にもなった白井さんの憲法詩訳

◆「多くの人に読んでもらいたい」と絵本化も

詩訳は、絵本にもなった。「わたしはきめた 日本の憲法 最初の話」(ほるぷ出版)は詩訳に画家による絵が加えられ、昨年7月に出版された。フリーペーパーが編集者の目に留まったのがきっかけだ。「絵本に描かれている人物のまなざしは、まっすぐでごまかしがない。恥ずかしがらずに大事なものを伝えている」と自身の抱くイメージとも一致した。

絵本で多くの人に読んでもらうことを願う。「僕の言葉だけでは、なかなか小学生までたどり着かないかもしれない。だけど絵が手を差し出せば子どもが返してくれるのではないでしょうか」。小学1年の子どもを持つという母親から「覚えたばかりのひらがなで読むことができて誇らしげだった」と感想がメールで届いたという。

憲法に対する思いは、法律の勉強をしていた20代の頃に抱くようになった。全文を暗記するほど学んだ。「憲法は、世界中を巻き込む戦争が終わって人が大事にしなければならないことをありったけ込めたもの。たくさんの命が犠牲になった直後、これだけはこれから始まる新しい国の根幹に据えなければいけないと考えられたものだ」と憲法の持つ意味をかみしめる。

日本国憲法への思いなどを話す、詩人の白井明大さん

日本国憲法への思いなどを話す、詩人の白井明大さん

◆東日本大震災が転機に

東京で生まれ、30代まではフリーランスのコピーライターとして働いていた。「一日の終わりに、心の中のモヤモヤをホームページにつづっていた。そうやって自分と向き合ううちに、詩っていいな、と思うようになった」。2004年に最初の詩集を発表した。

2011年の東日本大震災が転機となった。震災後、沖縄の親族宅に身を寄せた。「最初は春休みの時期が終わるまでかなと考えていたが、原発事故の被害の実態が日に日に明らかになっていった」。東京電力福島第1原発事故の前から原発が事故を起こせば、深刻な事態を引き起こすことを懸念していた。「沖縄出身の母からは小さい頃から『命(ぬち)どぅ宝』と聞かされてきた。当時はいろんな人がいろんな選択をした。大げさだったと後でわかれば戻ればいい」と沖縄への移住を決断した。

「自分の思いをごまかしてしまったら、その後、どうやって詩を書いていくのか。自問したときに、確かに命を最優先したと、後で言えるような選択をしたかったんです」

2012年には、動植物の名前などを使って1年の移り変わりを表現する旧暦「七十二候」をテーマにした作品を発表。静かなブームとなった。「震災では、生き物や自然も多く傷ついた。書き残しておかなければという思いがあった」。21年からは鳥取市に移って活動を続ける。詩人が集まる砂丘での朗読会に参加したことや、いち早く鳥取の書店が作品を取り上げてくれたことなど縁が重なった。

◆ウクライナ、パレスチナ…危ぶまれる日本の平和主義

近年、ウクライナ侵攻やパレスチナでの軍事衝突、中国の脅威を理由に日本の平和主義が変質することを危ぶむ。「平和主義って、平和によって平和を保つもの。そのための行動を取るのが基本。一方で、戦争は外交が破綻した状況で例外中の例外のはず。まずは本来の道筋を手厚くするべきだと思う。結局、戦争では平和を守ることはできないから」

国会では憲法審査会での議論が重ねられ、改憲に向けた動きが進む。自民党が12年に発表した改憲草案の前文は「日本国」が主語の文章で始まる。知らず知らずのうちに国家のための国民という構図になる恐れがある。だからこう願いを込めて詩訳した。「憲法は一人一人の国民が主語だと知ってほしい。そうすれば、主語がすり替わる前に気付くことができると思うんです」(山田祐一郎)

◆デスクメモ

全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免(まぬ)かれるとうたう前文の平和的生存権が好きだ。しかし12年の自民党改憲草案でこの権利は削除された。世界で平和が揺らぎ、暴力で勝者が決してしまいそうな時だからこそ憲法に立ち返りたい。白井さんの言葉がそう教えてくれる。(恭)

<連載:その先へ 憲法とともに>
ロシアのウクライナ侵攻など国際情勢の不安定化を理由に、防衛費の増額や武器輸出のルール緩和がなし崩し的に進む。平和国家の在り方が揺らぐ中、言論の自由、平等、健康で文化的な生活など、憲法が保障する権利は守られているだろうか。来年で終戦80年を迎えるのを前に、さまざまな人の姿を通して、戦後日本の礎となった憲法を見つめ直す。

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