66万人が延命状態…”自然な看取り”は「姥捨て山」「弱者切り捨て」なのか?試算して分かった「延命治療」費用の実態

増え続ける高齢者介護の負担が限界と言う声が、社会保険料を介して支える現役世代からだけではなく、介護の現場で実務に携わる方々からも伝わってきます。

もともと介護保険制度は老々介護やヤングケアラーなど、家族内介護負担による生活困難を解消する目的で制度がつくられてきました。団塊の世代が後期高齢者となる2025年問題を間近に控え、さらなる介護雇用の増加および現役世代の負担増しか未来はないのでしょうか。

およそ半世紀前、「揺りかごから墓場まで」の考えで社会保障を拡大させてきたイギリスやスウェーデンでも同様の問題に直面。その本質的な解決は、『緩和ケア』の考え方の普及によって行われてきました。

緩和ケアは、死とは避けられない人生の一部であると考えた時、高齢者が最期まで自分らしく生きるために必要な介護や医療は何であるかという観点で、介護と医療のありかたを再考したものです。

今回は高齢者福祉の充実しているスウェーデンに倣って“苦痛を伴う延命医療”から“緩和ケアによる看取り”への転換を行うことで、介護・年金あわせて約3.3兆円の社会保障費負担が削減できる可能性について論考していきます。

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延命医療に行き詰ったスウェーデンの選択

高齢の家族の最期が近いとき「延命治療をしない」と決断するのは、「まだできることがあったかもしれない」といった後悔を残すと考える方も多いかもしれません。

しかし多くの高齢者が病院で亡くなる時代が長く続く中で、老衰した体に無理に点滴や胃ろうを介して人工的な栄養補給をしてもかえって痰やむくみによる息苦しさや痛みにつながるため、高齢者自身のためになるかは疑わしいと考えられるようになりました。

緩和ケアはヨーロッパにおける医療従事者向けのガイドラインにおいて十分な介護および苦痛を取り除く医学的処置を提供することと位置付けられており、人工的な栄養補給による延命医療も、狭義の安楽死のような余命の短縮もしません。

例えば寝たきり高齢者がほとんどいないことで有名なスウェーデンの基準では、自力で座った姿勢を取れない、失禁を繰り返す、一貫性のある会話ができない高齢者は、人工的な栄養補給は行わず緩和ケアによる看取りの段階と判断されます。

しばしば海外と日本では「死生観が違うのでは」と指摘を受けますが、スウェーデンでも1980年代は今の日本と同様点滴や胃ろうからの栄養に頼る、いわゆる延命状態の高齢者が病床と国家経済を圧迫していました。

1992年のエーデル改革を経て現代にいたるまでに、スウェーデン国民の“死生観”は大きく変化し『緩和ケア』による看取りは普及。約半世紀遅れて高齢者福祉が行き詰りつつある日本でも、同様の変化は次第に進んでいくものと思われます。

延命医療に使われる介護・年金は3.3兆円

延命医療から緩和ケアへと言ってもその線引きは現実には困難です。個々人の状態だけではなく家族も含めた価値観で決められるため、明解な統計情報は将来的にも得にくいでしょう。

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そこで一つの推計として2019年度 要介護認定情報 新規申請分における健康状態の記録を参考としました。車いす生活も難しい方を“寝たきり”とすると要介護度4の72.2%・要介護度5の92.5%。会話困難は要介護度4の24.4%・要介護度5の75.5%。点滴や胃ろうなど人工的な栄養補給をしている方は要介護度4の26.1%・要介護度5の75.5%がそれぞれ該当します。

以上を海外先進国の基準にあてはめると、要介護度4の1/4・要介護度5の3/4は緩和ケアによる看取りが適応される状態にあると推察されます。人工栄養もおおよそ同程度実施されていること、長田ら(2011)の論文によると要介護度4および5から改善がみられた事例は少数であったことから、これを延命医療の割合と仮定します。

要介護度4の総介護費は2.6兆円・要介護度5は2.0兆円であるため、海外先進国では延命状態とみなされる高齢者に費やされている介護費は、およそ2.15兆円。

また要介護度4は87万人・要介護度5は59万人が認定されているため約66万人が延命状態と推計され、ここに年金平均受給額である月額14.4万円を乗算すると年間およそ1.14兆円。

以上から延命状態の高齢者に費やされている社会保険料は、介護・年金をあわせて約3.3兆円という推計になりました。

社会保障費全体から比べるとごく一部ではありますが、令和4年度の文教予算・防衛予算それぞれともに5.3兆円であったことと比較すると、財政や現役世代の社会保険料負担に与える影響は大きいのではないでしょうか。

胃ろうの件数は減少…変わる”看取り”への価値観

言うまでもないことですがここで推計した3.3兆円は、何らかの制度変更等を通じて直ちに削減できる社会保障支出ではありません。

仮に明確な延命医療だとしても今現在行われている人工栄養を中止することは、様々な問題や困難を伴います。また、延命医療を選ぶ権利は常に尊重しなければなりません。

それでも延命医療から緩和ケアによる看取りへという価値観の変化は、日本においても次第に広まりつつあります。一例としてレセプト情報データベースにおける高齢者人口増分を考慮すると、後期高齢者に対する胃ろう造設件数は2014年と比較して約25%減少しました。

一方で太い血管に直接栄養を流し込む人工栄養法は減少していません。厳密にいえば手足に行う普通の点滴といえど、痛みや行動制限を伴う人工的な栄養補給であり、延命医療と緩和ケアの線引きの理解が不十分な部分と言えます。

今般の社会保障費の見直し議論を契機として高齢者を看取る家族だけでなく医療従事者においても緩和ケアの考え方が周知されることで、まだまだ動けるからこそ介護負担が最も大きい要介護度3の高齢者へのサポートを手厚くすることもできるようになります。

限りある医療介護リソースの本質的な意味での適正配分によって現役世代の社会保険料負担だけではなく、介護をする家族と介護従事者の負担も軽減されることになるのではないでしょうか。

参考文献
・Palliative care guidelines in dementia 2nd edition ― NHS
・要介護度の経年変化 同一集団における要介護度分布の9年間の変化 - 厚生の指標
・介護DBオープンデータ ― 厚生労働省
・NDBオープンデータ ― 厚生労働省