「夜中でも七転八倒して苦しむ」…78歳男性が悩む「大便の問題」

老いればさまざまな面で、肉体的および機能的な劣化が進みます。目が見えにくくなり、耳が遠くなり、もの忘れがひどくなり、人の名前が出てこなくなり、指示代名詞ばかり口にするようになり、動きがノロくなって、鈍くさくなり、力がなくなり、ヨタヨタするようになります。
世の中にはそれを肯定する言説や情報があふれていますが、果たしてそのような絵空事で安心していてよいのでしょうか。
医師として多くの高齢者に接してきた著者が、上手に楽に老いている人、下手に苦しく老いている人を見てきた経験から、初体験の「老い」を失敗しない方法について語ります。
*本記事は、久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。

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排泄、この悩ましい必然

高齢者の世界で悩ましいのが、排泄の問題です。

若い世代ではごくふつうに行われる排泄が、高齢者では簡単には遂行できません。
排泄行為は、まず尿意、便意を感じるところからはじまります。高齢者は膀胱や直腸の感覚が鈍っているので、これが感じにくくなるのです。

若い世代で尿や便が溜まっていてももれないのは、膀胱と肛門に括約筋という出口を締める筋肉があるからです。高齢者ではこれが緩みます。溜まっているのにそれを感じず、出口が緩めばもれるのは自然の理です。

高齢者医療に携わるようになって、はじめて知ったことですが、高齢者の便は異様に臭いです。直腸指診や摘便のときなど、わずかでも鼻で息を吸うと、患者さんには申し訳ないですが、思わず空(から)えずきしそうになります。

おむつへの排便はいいとして、困るのがときならぬ排便で、デイケアでよくあったのが、入浴中です。なんかにおうなと思うと、シャワーチェアの下に盛り上げていたり、湯船でなごんでいるなと見ていると、背中あたりにプカプカ浮いていたりします。当然、入浴は中止して、窓を開けて大掃除をしたあと、湯を張り替えます。

認知症になると、便が臭いという感覚がなくなり、便は汚いものという認識が消えることがあるので、粘土のように捏(こ)ねたり、ポケットにしまいこんだりします。いわゆる「弄便(ろうべん)」で、認知症介護の最難関とも言われます。

認知症でなくても、便の問題は大きく心にのしかかります。

M′さん(78歳・男性)は、便秘でずいぶん悩んでいました。

「これまで四日にいっぺんしか大便が出なくて、少ないと思っていたら、最近は五日でも六日でも出ない。小学校で大便は毎日出ないといけないと習ったから、五日も出ないのは異常でしょう。このままでは腸が破裂せんかと思うと、心配でたまらんのです。下から出んかぎりは、上からも入れたらいかんと思い、ここしばらくはまともに食っとらんのです。浣腸もやったが、柔らかい汁のようなもんが出るだけで、とても便とはいえない。以前は漢方の下剤で出とったんですが、このごろは出ない。どうなっとるんですか」

外来診察室で延々と訴えるので、私が薬の効き方は状況によって変わること、浣腸しても出ないのは直腸まで便が下りていないから、口から食べないとよけいに便は出ないこと、大便は毎日出なくてもいいし、五日出なくても、腹痛や吐き気がなければ問題ないことなどを、逐一、説明しました。

「そうですか」と一応は納得してくれますが、すぐまた便秘の話にもどります。

「便秘の苦しみはだれにもわかってもらえません。夜中でも七転八倒して苦しむのです。それでわめき散らすと家族が怒る。便所にこもって、死ぬ気できばって、ようやく五日目に少し出るだけです。つらくて頭がおかしくなりそうです。そうかと思えば、たまに散歩の途中で急に出たくなる。家まで我慢できずにパンツとズボンを汚して、また家族に怒られる」

問題は便だけでなく、尿にも悩まされているようで、「ションベンも出そうになったら待ったなしで、便所までとても我慢できない。それでイチモツの先をぎゅうっと握るんですが、それでも出てしまう。だから日中は紙パンツをはかされてます。夜はしびんを使わされるんですが、イチモツがうまく入らんでこぼしてしまう。それでまた家内に文句を言われる。腹が立つけど、仕方がない。もう死んだほうがましです」と、身悶(みもだ)えします。

「夜はおむつにしたらどうですか」と勧めると、「いや、それだけはぜったいにイヤです。そこまでして生きたくはない」と、憤然と拒否します。

「先生。やっぱり年には勝てませんか。気だけは走っとるのやけど、どうしても身体がついてこん。家内や息子はいつまで生きるつもりやと言うが、私は私で計略を練ってるんです。まだまだ捨てたもんやないですからな」

そう言ってM′さんは不敵な笑いを浮かべましたが、便の悩みは尽きないようでした。

さらに連載記事<「上手に楽に老いている人」と「下手に苦しく老いている人」の意外な違い>では、症状が軽いのに老いに苦しむ人と、そうでない人の実例を紹介しています。

*本記事の抜粋元・久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)では、医師として多くの高齢者に接してきた著者が、上手に楽に老いている人、下手に苦しく老いている人を見てきた建研から、初体験の「老い」を失敗しない方法について詳しく解説しています。ぜひお買い求めください。