私が死んだら息子はどうなるの…解決しない「8050問題」のあまりに辛いリアル

なぜ、親に依存せざるを得なくなったのか

「8050問題」というワードを耳にするようになって久しい。

「80代の親が50代の子供の面倒を見ている」家族形態で、背景には長年に渡る子供のひきこもりがあると考えられていながらも、公的支援から取りこぼされがちだった社会問題である。

2018年に札幌で起きた、82歳の母親と52歳の娘の親子が孤立死した事件や、同年横浜市内で50代の娘が80代の母親の遺体を10カ月以上放置していた事件、さらに2021年に福岡市で起きた50代の息子が80代の両親を殺害し、冷蔵庫に遺体を保管していた事件などで顕在化した。

内閣府によれば、全国では15歳~64歳の146万人がひきこもり状態だとしているが、複数の自治体で、その40%以上が40代・50代だという結果がで出ており、厚生労働省は2023年度中に全自治体を対象とした実態調査に乗り出すことを発表している。

本来ならば、高齢(80代)の親を支えるはずの子供(50代)が社会から孤立し、ひきこもりを続けたり、年金を食いつぶすなど、親に依存する状況はいかにして生まれたか?実際の家庭を例にとって考えてみたいと思う。

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事例1

バブル期に有名国立大学を卒業、一流と呼ばれる企業に就職した「かつては自慢だった息子(56歳)」と暮らす及川清子さん(仮名・84歳)の場合。息子さんが人生につまづいたきっかけは「学歴コンプレックスの上司によるパワハラ」だった。

「入社当時から目をつけられていたようで、二言目には『●●大卒のくせに』とか『●●大卒だもんな』などと因縁をつけられていたようです。能力に見合った仕事は任されず、たまに成果をあげれば手柄は横取りされる。地味で真面目な息子はバブルに浮かれる同世代とも馴染めなかったようです。

そんな環境の中、入社4年目に鬱病を発症して休職しました。カウンセリングなどにも通って復職を目指していましたが、会社から『お見舞い』や『様子伺い』という名目の嫌がらせメールや電話に耐えきれず退職。エリートコースを外れたことで将来を誓った恋人とも破局し、自身に非がないにも関わらず、人生に挫折したんです」

私が死んだらどうなるの

その後、息子さんは経済的な理由から結婚も考えられず、独身のまま実家暮らしを続け、10年前、息子の行く末を案じ続けた父親が他界したのをきっかけにひきこもり生活に入る。

「夫がそれなりの財産を残してくれましたし、年金もあるので今は生活に困りませんが、私が死んだ後どうなるんだろうと不安で仕方ありません」

この「親が死んだ後子供はどうなるのか?」という不安は「8050」家庭の共通の叫びでもある。親の年金が入らず、蓄えもやがて底をつき、新たな収入も見込めないとあっては「死ね」と言われてるようなものだ。

「残された子供が苦労するのは目に見えている」と親が無理心中を持ちかけるケースも、8050家庭では珍しくないが、次に登場する佐山秀夫さん(仮名・82歳)は「このままでは死ぬに死ねない」と語気を強める。

「娘(54歳)は中学時代のいじめが原因で不登校になりました。当時はいじめ問題が社会化され始めた頃だったと記憶しています。

通信教育を受け、なんとか高校の卒業資格を取得して就職したものの、人間関係が原因で辞めて以来、フリーター生活に入りました。その後はいじめが尾を引いてるのか、人間関係がうまく行かずに転職を繰り返すことになります。

それでも、30代まではかろうじて普通に生活できていたんですが、40代に入り、SNSの普及で同世代の女性が仕事でキャリアを積み重ねたり、結婚や子育てなど充実している様子を見たりして自己嫌悪に陥ってしまったようで、ひきこもるようになったんです」

娘を残して死ぬわけにはいかない

事例2

娘のイジメに対する対応から学校不信になったという母親(81歳)は、人並の生活を送ることができない娘を不憫に思い、長年精神的・経済的に支え続けて来たのだが、2年前に認知症を発症し、現在は施設に暮らしている。

「施設の費用もバカにならないし、夫婦の年金と息子たちからのわずかな仕送りでは心許ないので、今は日雇いのような形で工場で軽作業の仕事をしています。実は最近になって娘が糖尿病にかかってることがわかったんで、その治療費も必要なんです」

不整脈の持病があり、日々健康不安と戦っている佐山さん。

「娘を残して死ぬわけに行かない」という一心で自分を奮い立たせているが、加齢による肉体の衰えは気力だけでカバーできるものではない。無理を重ねることで結果として寿命を縮めてしまうことになった場合「無理をさせてしまった」当事者の子供が自責の念にかられることもあるだろう。そうすれば、やり切れない。

事例3

親が「老体に鞭打って働く親」のは「8050」家庭の典型だが、針谷誠さん(仮名・80歳)の場合は息子に対する「贖罪」のためだと話す。

「現在息子は52歳ですが、彼が30代の始めに母親が脳梗塞で倒れ、半身まひの状態になったんです。息子を溺愛し、気難しいところもあった母親は息子から介護されることを強く望み、息子もそれを拒否できずに職場に介護休職を申請して介護にあたりました。

当時息子には結婚の約束をした女性がいましたが、このせいで破談になり、以降、女性とは無縁の生活送ることになります。これ以上息子を犠牲にしたくなかったので、定年後に私が介護をすることも考えましたが、結局息子がリストラされてしまい、経済的なことを考えると働かざるを得なかったんです」

息子のチャンスを奪ってしまった

終わりの見えない介護や息子の将来を考え、非正規の仕事を転々とする針谷さんと母親の介護に従事する息子さんとの生活が8年目を迎えようとした頃、家族に転機が訪れる。

二度目の脳梗塞を発症し、完全に寝たきりになった母親が専門の施設に入ることになった。

介護から解放された息子さんは社会復帰を目指すのだが、ようやく見つけた職場も非正規雇用だった。

「しかも職場はいわゆるブラック企業で、サービス残業や休日出勤は当たり前。40代で『訳あり』の息子は人間関係もうまく築けず、さらにパワハラも受けていました。日に日に表情が暗くなり『人生に疲れた』などと口にする息子が哀れで仕方なかったです。」

何とかして息子の人生を取り戻したい…そう考えた針谷さんは息子さんを結婚相談所に入会させ、「結婚の条件が少しでも良くなるように」と自宅をリフォームした。自分が家を出る準備も始めたのだが、結果的に息子さんは良縁には恵まれず、それどころか結婚詐欺まがいの被害に遭ってしまい、結果、針谷家は大金を失うことになる。

「失意のあまり息子は会社を辞めて、ひきこもってしまいました。息子の人生を台無しにしてしまったのは私です。息子が逆らわない、いや逆らえないのをいいことに、働き盛りの息子から仕事を奪い、適齢期に結婚のチャンスも奪ってしまった。

そんな息子に対して、どうやったら償えるのかとずっと考えて、私にできることは命の限り働いて金を残すことだと思いました」

針谷さんは幸い持病らしい持病もなく、元気に過ごしている。現在、清掃の仕事を何件も掛け持ちしている。今の望みは、「息子が健康でいることと、寝ているだけで金がかかる妻が1日も早く死んでくれること」だという。

社会的に、そして人間として許されない考えかもしれないが、針谷さんがひとりで背負い込んできた苦しみを慮ると、その言葉の重みは、筆舌に尽くしがたい。

孫の生活を背負い込むことも

「80代の親が50代の子供を養う」8050問題には常に貧困のリスクがつきまとう。ある社会福祉士はこう語る。

「この親世代には『家族の恥になるから、事情を知られたくない』『福祉の世話になるのは恥ずかしい』と考える傾向があるので、切羽詰まった状況であっても周囲には悟られないようにしますし、自らアクションを起こそうとしないので支援のしようがないんです。

身内の方から連絡を受けて出向いても『うちは大丈夫です』と門前払いをされてしまったりとか…。よく世間では『親の育て方が悪かった』という言い方をしますが、そういった自業自得とする見方や偏見が8050問題家庭の救済を妨げているようにも感じます。

最近では独立して所帯を持ったはずの子供が出戻って来て、そのまま実家の世話になるパターンも増えてまして、高齢の親が子供だけでなく孫の生活も背負いこむことになっています。

いくら寿命が延びて、企業が高齢者の雇用に力を入れたところで生活が楽になるわけではありませんし、8050問題の予備軍と言われている『7040問題家庭』も増加傾向にあるのが現状です」

景気の停滞による非正規雇用の増加や経済不安による非婚・少子化など、現代におけるさまざまな社会的要素も原因のひとつと考えられるこの問題。政府の対策が少しでも改善に繋がることを願いたい。