イスラエル、なぜ「3つの宗教の聖地」となったのか戦禍が絶えない理由を地理から紐解いてみる

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戦禍が絶えないイスラエルだが、美しい自然や都市も多い(写真:ねこした/PIXTA)

「『地理』を知れば、国や地域の自然・環境だけではなく、歴史・民族・文化・経済・政治までを理解できます。地理を知るだけで、今、世界で起きていることの本質が見えてきます」――そう語るのは、筑波大学教授で地理教育を専門とする井田仁康氏。

本稿は、そんな井田氏が編著者として上梓した『世界の今がわかる「地理」の本』より、イスラエルの地理・背景について一部引用・再編集してご紹介します。

イスラエルの首都はどこか

イスラエルは首都をエルサレムと主張しているが、日本を含め国際社会の大多数には認められておらず、多くの国の大使館はテルアビブにおかれている。

歴史を紐解くと、エルサレムは紀元前11世紀にヘブライ王国の首都であった。王国が分裂した後、300年以上もの間ユダ王国の首都となった。

一方で紀元前6世紀にユダヤ教が成立し、紀元2前世紀頃にはエルサレムはユダヤ教徒の巡礼地となった。しかし、紀元2世紀にはローマ帝国に抵抗したユダヤ人たちは、この地を追われ世界へと分散し、離散の民となる。

エルサレムは経済的な要所ではなかったが、ユダヤ人にとっては歴史的に意義のある都市であった。

ユダヤ人の祖国復興の動きは、1897年から「シオニズム運動」として強まった。強い民族意識が、2000年の離散した状態にもかかわらず、パレスチナの地にイスラエルを建国させたのである。

このユダヤ人の建国を推進させたのはイギリスである。1917年から支配および委任統治していたパレスチナにおいてイギリスは、第一次世界大戦中、ユダヤ人国家の成立を認める代わりに欧米で富豪となったユダヤ人(企業)の援助を受けたのである。その一方で、アラブ人に対しては、トルコ反乱を制圧させる代償として、アラブ人によるパレスチナの独立を約束した。

その結果が、第二次世界大戦後の1947年、国際連合「パレスチナ分割決議」である。

パレスチナの土地はユダヤ国家とアラブ国家、そして国連管理下の国際都市エルサレムに分割され、ユダヤ人はそれを受諾しイスラエルを建国した。これが双方の対立を生じさせ、イスラエルと周辺のアラブ諸国は、1948年から1973年にかけて4度にわたり戦争を起こした。

第一次中東戦争において、エルサレムは東西に分けられ、西エルサレムがイスラエル、東エルサレムはヨルダンとなった。イスラエルは1950年にエルサレムを首都と宣言し、1967年の第三次中東戦争により東エルサレムをも実効支配している。

3つの宗教の聖地エルサレム

東エルサレムの旧市街地は、ユダヤ教徒、キリスト教徒、ムスリム(イスラム教徒)がそれぞれ多く住む地区に分けられる。3つの宗教の人々が住んでいるのは、エルサレムが3つの宗教それぞれの聖地であるからである。

ユダヤ教徒にとっては、エルサレム神殿がおかれていた聖地である。紀元1世紀にローマ帝国により破壊されたが、今も残る神殿の一部が有名な「嘆きの壁」である。「嘆きの壁」の前ではユダヤ教徒が祈りをささげている。

キリスト教徒にとっては、エルサレムはイエス・キリストが地上での最後の日々を過ごし、十字架にかけられた場所である。聖墳墓(せいふんぼ)教会にはキリストの墓があるとされる。そのため、2世紀以降にはキリスト教の巡礼者が多くなった。

ヨーロッパのキリスト教会や美術館には宗教画が多く陳列されているが、十字架にかけられたキリストの作品を多く見ることができる。こうした宗教画は、聖書の文字を読めない人にも視覚的にキリストの物語を理解できるのに役立った。

つまり、キリストが十字架にかけられたエルサレムは、キリストの最後の地である聖地として、聖書や宗教画を通して強く認識されたのである。

エルサレム旧市街(『世界の今がわかる「地理」の本』より)

7世紀には、ここはイスラムの地となる。イスラムの預言者ムハンマドが夜の天国の旅に出た地とされ、メッカ、メディナに次ぐ第3の巡礼地とされた。

エルサレムは、11世紀にはキリスト教の十字軍の支配下となり、13世紀にはイスラム国家となる。16世紀にこの地を支配したオスマントルコは、エルサレムを3宗教に開いた。このようにエルサレムは歴史的および宗教的背景が絡み合った、難しい立場の都市である。

誰もが平和を望んでいる。好んで戦いをしたいと思っているわけではない。しかし、不幸にも世界各地で軍事衝突が起こっている。イスラエルを含むパレスチナもそうした地域の1つである。

現在、イスラエルでは、「ユダヤ人」は、「ユダヤ人の母親から生まれた人」または、「ユダヤ教に改宗を認められた人」と定義されているが、ユダヤ人の民族的共同体としての意識は、ユダヤ教を精神の糧としてすこぶる強い。

建国の経緯やアラブ諸国との対立から、イスラエルの国家財政における軍備の割合はきわめて大きい。ダイヤモンドの原石を輸入し、加工したダイヤを輸出するなどで外貨を得ているが、外国に住むユダヤ人からの収入や、ユダヤ人が多く住み、財政などの実権を握っているアメリカの援助が大きい。

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現在、イスラエルの人口の4分の3はユダヤ人が占めるが、約2割はアラブ人である。イスラエルの公用語はヘブライ語だが、アラビア語も特別な地位を有する言語としている。

1979年にエジプト、1994年にヨルダンと平和条約を締結した。パレスチナ解放機構(PLO)とも1993年にパレスチナ暫定自治に関する原則宣言(オスロ合意)に署名したが、軍事衝突はその後も起こっている。

2020年には、UAE(アラブ首長国連邦)、バーレーン、スーダン、モロッコと国交正常化に合意しアラブ諸国との関係改善を図り、パレスチナの平和を模索していたが、今回の衝突で先行きは不透明になった。

体が沈まない死海がある国

戦禍が絶えないイスラエルだが、美しい自然や都市も多い。

イスラエルの国土は乾燥した不毛地帯が多いが、北部は地中海性気候で農業などが行われている。科学調査に基づいて開墾や灌漑がなされ、さらに先端技術を導入することにより、耕地面積を増加させ、多くの農作物を収穫できるようになった。国土の約2割が農地である。

大地溝帯の一部である死海は、美しい湖である。水面が海面下400mなので、周囲から流入する河川はあっても、この湖から流出する河川はない。つまり、水の蒸発量が多いということなる。それは塩分が多くなる要因となり、水に浸かると自然に体が浮く理由はここにある。