歯周病で治療費300万円かかった! なぜ高額に? 歯科医「歯を失うドミノ倒しに高額治療費は珍しくない」

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※写真はイメージです(写真/Getty Images)

自費診療がメインの矯正治療や審美治療では数百万円単位の治療費がかかることは珍しくありません。しかし、歯周病で高額の治療費がかかるとは意外です。このようなことは実際、あるのでしょうか。理由は何でしょうか。歯周病専門医の若林健史歯科医師に聞きました。

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 歯周病は日本人の約8割が罹患(りかん)しているといわれる「国民病」。治療のために近くの歯科医院に通っている人も多いと思いますが、「それほど治療費はかからない」と感じる人が大半ではないでしょうか。しかし、進行した歯周病の場合、高額の治療費がかかることは決して珍しくありません。


歯周病専門医の若林健史歯科医師

 健康な歯は歯ぐきや歯槽骨(しそうこつ)といった歯周組織に支えられ、簡単には抜けない仕組みになっています。しかし、歯周病が進行するとこれらの組織が次第に失われ、歯を支える歯槽骨も少しずつなくなっていきます。歯槽骨がなくなってくると、その上にある歯がグラグラと動くようになります。歯周病はむし歯のように限られた歯ではなく、口の中の歯周組織全体におよんでいることが多いため、ある歯が「グラグラになった」と気づいたときには、周囲の歯も同じようにグラグラになっていることが多いのです。さらに歯槽骨がなくなると、歯は抜けてしまいます。つまり、歯周病が進むとドミノ倒しのように次々と歯を失っていってしまうのが、この病気の怖いところです。

 歯周病の進行を止めるには、細菌の塊であるプラーク(歯垢、しこう)や歯石を徹底的に取り除き、口の中を清潔にする「歯周基本治療」がとても有効です。この治療は保険が使えます。一方、失われた歯槽骨はこの治療で元に戻すことはできません。歯槽骨の「再生治療」という方法がありますが、骨ができるまでには時間がかかる上、効果の期待できる症例は限定されています。つまり、歯のグラグラは、それ以上、悪化しないよう抑えることはできますが、グラグラを元あった歯のように、安定させることはできません。

 このようなときの治療法として、「ブリッジ」があります。ブリッジは失った歯の両隣に残っている歯を削って冠をかぶせ、連結した人工の歯を固定する治療です。歯周病の場合は、歯槽骨が残りわずかで、保存不可能な歯を抜いて、ブリッジをおこないます。ただし、歯周病が進行している場合はブリッジを連結する健康な歯が少ないことが多いので、上顎あるいは下顎のすべての歯を土台にして全体を覆うようなU字形のブリッジが必要になることがあります。

 ブリッジには人工の歯を使います。人工の歯となる補綴(ほてつ)物にセラミックなどの白い歯を使う場合は、自費となり、費用は1本あたり約10万〜20万円。U字形のブリッジだと残った歯のすべてにセラミックをかぶせることになります。歯は上下トータルで28~32本(親知らずがすべて生えそろっている場合)ですから、例えば28本のすべてに補綴物を使うと約280万円となります。補綴物の金額が1本15万~20万円という歯科医院もありますから、その場合は420万~560万円です。


新書『やっぱり大切!「かめる幸せ」をとり戻す』(著・日本口腔インプラント学会)より

 もちろん、最初からすべての歯に補綴物が必要とわかっているわけではなく、歯周病の進行が止められれば、治療する歯の分だけの費用になります。一方、進行を止められずに治療する歯が増えていくと、U字形のブリッジのように治療費も高額になってしまうことになります。これが歯周病の治療費が高額になってしまう理由でしょう。

 また、重度の歯周病の患者さんはグラグラの歯が前後、左右に移動してさまざまな方向に向いてしまっていて、上下の歯がかみ合わなくなっていることがよくあります。このような状況を「歯がボロボロ」「歯がガタガタ」などと患者さんは表現するようですが、かみ合わせが崩れているとブリッジがはまらないので、このような場合は先に矯正治療で歯を元の位置に戻す処置が必要です。また、歯周病で歯根が露出した歯があると神経が近いため、そのままにしておくと熱いものや冷たいものがしみたり、痛んだりします。このような歯にはブリッジをする前に神経の処置が必要になるため、さらにお金がかかります。

 参考までに、私が開業前に指導を受けていた某歯科医院の院長は歯周病の名医で、「高くても構わないから、治療を受けたい」という患者さんがたくさん来ていました。今から30年ほど前ですが、上下の歯のブリッジで、1000万円の治療を受けていた患者さんがいたことを覚えています。設定している治療費が高いこともありますが、矯正治療や神経の治療なども入ったフルコースだったため、高額になったのだと思われます。

 なお、グラグラする歯を抜いてしまって、「インプラントにする」という治療もあります。歯を残すことを重視する歯周病専門医はあまり推奨しませんが、インプラントの専門医は積極的に提案しているようです。「無理をして歯を残すよりも、抜いてインプラントにしたほうが、治療費も時間も無駄にならない」という考え方ですね。ただし、インプラントも1本あたり50万円くらいかかります。すべての歯を抜き、少ない本数のインプラントでたくさんの補綴物を支える「オールオン4(フォー)」など、インプラントの中でも治療費を安くすませる方法があります。どちらがいい悪いということではなく、最終的には患者さんの選択になります。

 高額の治療が難しい場合は、歯を何本か抜いた上で、入れ歯を作る方法もあります。ただしこれもまた、歯周病という病気の特性で、むし歯のように1本だけ悪い歯がある場合と違い、全体の歯が悪いことが多いのでクラスプ(入れ歯を固定する金具)を引っかける歯がないことが多いのです。このため、部分入れ歯ではなく、総入れ歯に近いものを作らなければならないケースが少なくありません。ただし、保険が使える義歯であれば10万円以内でおさまる可能性が高いです。

 このように歯周病は進行すると治療にお金がかかります。軽いうちに治療を受ければこのようなことにはなりません。メインテナンスを続けることで、再発も予防でき、一生、自分の歯で食べることができます。この記事を読んで、「こうはなりたくない!」と思った人はぜひ、歯科を受診してほしいと思います。ただし、大事なのはガイドラインで推奨されている、歯周基本治療をベースにした正しい治療を受けること。忙しいからと、痛み止めの薬や抗生剤の投与といった応急処置を繰り返しているうちに、歯周病はどんどん進みます。面倒でも、きちんと時間をとって適切な治療を受けていただくことを切に願っています。

若林健史

若林健史

若林健史(わかばやし・けんじ) 歯科医師。医療法人社団真健会(若林歯科医院、オーラルケアクリニック青山)理事長。1982年、日本大学松戸歯学部卒業。89年、東京都渋谷区代官山にて開業。2014年、代官山から恵比寿南に移転。日本大学客員教授、日本歯周病学会理事を務める。歯周病専門医・指導医として、歯科医師向けや一般市民向けの講演多数。テレビCMにも出演。AERAdot.の連載をまとめた著書『なぜ歯科の治療は1回では終わらないのか?聞くに聞けない歯医者のギモン40』が好評発売中。