CMでも話題の「線虫がん検査」、何が問題なのかをわかりやすく解説!

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「尿一滴で15種類のがんリスクがわかる検査」として知られる「線虫がん検査」。現在、この「線虫がん検査」の精度に関する疑問が多数報道されていますが、「いったい何が問題なのかよくわからない」という方も多いのではないでしょうか? 利用者が50万人を超えたとも言われるこの「線虫がん検査」について、山田悠史先生に聞きました。

教えていただいたのは……

山田 悠史
米国内科・老年医学専門医。慶應義塾大学医学部を卒業後、日本全国の総合診療科で勤務。新型コロナ専門病棟等を経て、現在は、米国ニューヨークのマウントサイナイ医科大学老年医学科で高齢者診療に従事する。フジテレビライブニュースαレギュラーコメンテーター、NewsPicksの公式コメンテーター(プロピッカー)、コロナワクチンの正しい知識の普及を行うコロワくんサポーターズの代表。カンボジアではNPO法人APSARA総合診療医学会の常務理事として活動。著書に、『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』『健康の大疑問』(マガジンハウス)など。
Twitter:@YujiY0402

編集:「線虫がん検査」に関する報道記事を複数読んでみても、問題の全体像が理解できませんでした。「検査の精度が広告で謳われているよりも低い可能性があることが問題?」「でも、尿を送るだけだし、15000円程度の検査なら、精度が低くてもそこまで大きな問題でもないのでは?」など、いろいろな疑問があります。

山田:なるほど。ではまずはじめに、この「線虫がん検査」には2重の問題がある、とお伝えしたいと思います。

編集:2重の問題、ですか……?

問題は、「検査の精度」だけじゃない。「スクリーニング検査」としての有効性を問う視点

山田:はい。第一の問題は、「そもそも企業が報告している検査の再現性や精度が、報告されているものよりも低いのではないか」という疑義が、外部の医師、内部からのリーク、メディアからの指摘によって生じている、という点です。

編集:その一つめの問題は、記事などでなんとなく理解していました!

山田: 続いて第二の問題は、「スクリーニング検査」としての有効性が不明である、という点です。「スクリーニング検査」として有効であると判断できない場合、企業が報告している検査の精度が仮に正しい場合でも、医師としてこの検査を推奨することはありません。

編集:「検査の精度」にばかり気を取られていましたが、「スクリーニング検査」って何ですか?

山田:病気などの症状がない人が受ける検査を、「スクリーニング検査」と言います。目的は、病気の見逃しを防ぐこと。この「スクリーニング検査」は、本当は病気があるのに「陰性」と出てしまう「偽陰性」と呼ばれる結果の割合が、少ない検査が望ましいんです。

編集:なるほど。「その検査が病気の見逃しが少ないかどうか」を、ちゃんと調べないといけないんですね。

山田:そうなんです。そしてそれを調べるためには、実際にがんがある人たちにこの検査をしてもらいます。その結果、きちんと陽性が出る確率が高い検査が「感度が高い検査」です。なお、がんがないと分かっている人たちにこの検査をして、陰性が出る確率は「特異度」と呼ばれ、この感度と特異度が「検査の精度」を構成する指標になります。

編集:初めて知りました。

山田:ただし、ここで注意が必要です。私たちは、「病気かどうか分からないから」検査をしますよね。でも「検査の精度」というのは、私たちが検査を受ける時とは逆の方向で規定されるんです。ここに落とし穴があります。では、はたして「感度の高い検査」であれば、多くの方にその検査を勧めてよいのか? という点について、数字とたとえ話を用いて説明していきますね。

編集:お願いします!

山田:たとえば、99%の確率で陽性と出る、とても感度が高い検査があるとします。CMなどでその検査を知った、「30代で」「症状がなく」「家族にもがんの既往歴のない」健康な男性10万人がその検査を受け、この中で、本当にがんがある人が、仮に100人いたとしましょう。

この場合、この検査の恩恵を受けるのは、本当にがんであった100人のうち、99人です。
一方で、99900人は、がんでないにも関わらず検査を受けることになります。

しかもその99900人の方の中には、がんではないのにがんだと診断されてしまう人、いわゆる「偽陽性」の人が出てきてしまいます。

編集:え……それは困りますね。どれくらいの人数が、がんではないのにがんだと診断される可能性があるのですか?

山田:そこを説明するためには、先にご説明した検査の「特異度」という視点を加えなくてはいけません。仮にこの検査の特異度が90%だとすると、検査を受けた10万人のうち、1万人はがんでないのに陽性、つまり「偽陽性」となってしまうのです。

本当は健康でも、検査で陽性と出て15種類のがんの可能性が示唆されれば、当然全身を調べたくなりますよね。十万円前後するPET検査を、健康であるにも関わらず受ける人を約1万人生むことになります。

編集:本来は不必要な検査でも、がんがないとは本人は知らないのだから、がんの可能性があると言われたら不安になって、やりたくなってしまいますよね……。しかも、完全にがんじゃない、と納得できるまではやめられない気がします。

山田:そうですね。仮にPETが陰性でも、もっと胃がんや大腸がんにとって精度の高い、たとえば胃カメラや大腸カメラも受けて結果を見るまでは気が休まらない、と考える方もいるかもしれません。

こうしてみると、この検査、10万人もの人に行って99人に検査の恩恵があった一方で、1万人に金銭的・精神的な負担、追加検査の合併症などが生じるリスクがあるとしたら……この検査のリスクとベネフィットの天秤が、揺らいできますよね。このように見てみると、検査陽性と出た人が10099人いて、その中でがんがある確率は、99/10099=約1%となりました。「精度の高い検査」と聞いていたと思いますが、陽性でがんを見事に当てる確率は1%になってしまったのです。このように、実は私たちの知りたい確率というのは、「検査の精度」だけでは規定されず、検査を受ける前にその人にがんがある確率に大きく左右されるのです。

このように、いくら感度が99%と精度の非常に高い検査だったとしても、大きな問題が生じ得ます。そして、仮にこの感度が99%よりも低いものであれば、検査としての評価はどうでしょう。この線虫がん検査に関しては、感度が90%にも満たない可能性も指摘されてきているのです。

編集:「検査の感度が高い」だけでは、検査として十分ではない、ということが理解できました。ちなみに、検査の本当の「有効性」ってどうやってわかるのですか?

「本当に命を守る効果のある検査」とは? 有効性を判断するための厳しい視点

山田:では、厚生労働省が推奨するがん検診を例に説明していきましょう。厚生労働省が推奨する5大がん検診には、それぞれ対象年齢がありますよね。大腸がん検診であれば、40歳からが対象です。これは、ある程度がんである可能性の高い年齢層にターゲットを絞ることで、より「事前確率」を高めた検診を提供しよう、という工夫なんですよ。

編集:なるほど! そうすれば、無駄に不安になる方が少ないですね。

山田:「線虫がん検査」の場合、こうした工夫は全くないですよね。

ちなみに、厚生労働省が推奨しているがん検診は、がん検診を受けた人と受けてない人を比較して、受けた人が受けてない人に比べてどのくらい大腸がんによる死亡あるいはあらゆる理由での死亡が減っているか、ということまでを検証しているんです。

そのような検証の結果、50歳以上の方に大腸がん検診として大腸内視鏡検査を行った場合、約半分ほど大腸がんによる死亡リスクを低減する、という有効性が示されています。ここまでわかってくれば、この検診には「がんによる死亡を防ぐ効果」「命を助ける効果」があると言えますよね。

編集:すごいですね……。そこまで検証して、やっと「その検査に有効性がある」と判断しているのですね。

山田:まだありますよ。たとえば、その検査を5年間隔で受けるべきか、それとも1年間隔でよいのか、という頻度の視点も検証しています。その結果、大腸がん検診として大腸内視鏡検査をするなら、10年間隔でよい、ということもわかっています。プラスして、厚生労働省が推奨するがん検診については、人の寿命を一年伸ばすのに一体どの程度のコストがかかっているかも確認をしています。

このように、本来がん検診というのは、費用対効果が見合っているのか、特定のがんによる死亡をきちんと防ぐのか、という有効性がきちんとクリアされなくては推奨できないのです。こうした検証は、線虫がん検査では残念ながら行われていません。

長くなりましたが、2重目の問題も、なんとなくご理解いただけましたでしょうか?

編集:だんだんと分かってきました! 検査は、「感度が高ければいいというわけではない」こと、「命を守る効果があるかを厳しく検証する視点が必要である」ということが理解できました。厚生労働省が推奨している5大がん検診が、いかに様々な方向からしっかりと有効性を検証されたものであったか、ということが学べたのもよかったです。

ただやはり、なかなか理解が難しいテーマでした……!

山田:そうですね。専門家でないと、理解しにくいことも多いテーマだったかもしれません。そもそも5大がん検診の中でも、まだまだアップデートが必要なものもありますし、もし疑問や不安に思う検査があれば、かかりつけの医師などにその検査で得られるメリット・デメリットを説明してもらう、というのも一手かもしれませんよ。

編集:この「線虫がん検査」に関しては、CMもホームページもすごくわかりやすく、「メリットしかない」と私の目には写っていたので、今回の先生の解説、とても勉強になりました。

山田:そうですね。わかりやすく魅力をアピールされると興味を引かれてしまいますが、医療は健康や命に直結するものなので、電化製品と同じように取り扱わない方がよい、ということを最後にお伝えしておきたいです。

電化製品は、新しい方が機能も多いですし、有名なタレントさんが使っているから使ってみようかな、と考えてもあまり害はありませんよね。ただ、医療に関しては同じように判断してしまうと、軽はずみな判断が健康を害することにつながってしまう可能性もありますので、注意していただければと思います。

編集:なるほど! ついついわかりやすさに惹かれてしまいそうになりますが、医療と電化製品を同じように取り扱わないという視点、とても大切ですね。本日もありがとうございました!

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構成/新里百合子