「そう遠からず日中戦争が勃発する」「経済は即死状態、餓死者・戦死者も多数」…台湾有事の「瀬戸際」にいる日本と明らかになった「アメリカの限界」

これから何が起こるのか、過去から何が学べるのか。説明抜きでタモリが言った言葉は、時代の空気を掬っていたからこそ話題となった。終戦から78年のこの夏、私たちの地点を見つめ直す試みとしての特別対談。

2つめの記事『日本には新しい「民間主導の戦争論」が必要だ…「右派も左派も理屈がおかしく、いつまでもまともな安全保障を議論しない」日本社会の問題点』より続く。

保坂正康(ほさか・まさやす)/1939年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『昭和の怪物 七つの謎』『ナショナリズムの昭和』ほか著書多数

白井聡(しらい・さとし)/1977年東京都生まれ。政治学、社会思想研究者。京都精華大学国際文化学部准教授。著書『永続敗戦論』『未完のレーニン』『マルクス 生を呑み込む資本主義』ほか

台湾有事をどう見るか

保阪 台湾海峡危機の行方について、白井さんはどう見ていますか。

白井 十中八九、そう遠からず日中戦争が勃発すると私は見ています。なぜかと言うに、日本は数多の選択肢がある中で、この30年間一貫して間違った選択肢だけを選んできました。「この選択肢だけは絶対選んではいけません」という極致が岸田大軍拡です。今後日本は、アメリカにそそのかされて中国と戦争をおっ始めることになるでしょう。

そうなれば日本は相当悲惨なことになる。経済的には即死状態ですし、食糧供給が厳しくなって餓死者も出るでしょう。若い自衛隊員はかなりの数が戦場で死にます。

残念ながら、日本はいったんそこまで行くしかないのかもしれません。そこからどう再起するのか。今度こそ「戦争とは何だったのか」ということにきちんと落とし前をつけて再出発する。来るべき台湾有事に備えて、今から「戦後」を見据えた準備にかかるべきです。

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保阪 白井さんの危機感はよく分かりますが、今は台湾有事を回避できるかどうかが重大な課題だと私は思います。

ジョン・F・ケネディ政権とジョンソン政権で国防長官を務めたロバート・マクナマラが『マクナマラ回顧録』という本を書いている。この本を読むと、ベトナム戦争で下した自分たちの判断を総括し、徹底的に自己批判しています。「我々は大きな間違いを犯した」「ああいう承認をしたことについて、一生恥ずかしい思いがする」と、自分が犯した失敗について具体的に記しているのです。

クリントン政権で国務長官を務めたマデレーン・オルブライトは、晩年『ファシズム』という本を書いています。「私はいろいろな政治家に会ってきたが、プーチンは本質的にウソつきだ。平気でウソをつける人間だ」と書いてある。ウクライナ侵攻が始まる前ですよ。プーチンを知る政治家が「この人物には気をつけろ」と伝承している。

日本の政治家は、引退後にこういう仕事をやりません。誰とは名指ししませんが、回顧録を書く政治家のほとんどは、自分がやった仕事の自慢話ばかりです。日本の政治家は総じて、記憶の継承の方法を持たないこと、また自制心の欠如という深刻な問題を抱えています。

「真っ二つ」になっているアメリカの「限界」

白井 アメリカ中心の世界のヘゲモニーは形がいびつに崩れ、今や崩壊の淵にあります。都市と地方の対立、国内の階級格差はあらゆる面でのっぴきならないほど広がり、民主党的アメリカと共和党的アメリカは見事なまでに真っ二つです。帝国主義を続けるために、無理やり「一つのアメリカ」を擬態しているのが現実でしょう。トランプ派の市民が連邦議会議事堂を占拠するなんて、もはや対立どころかアメリカの内破であり、民主主義の崩壊です。

ウクライナ戦争によって、世界におけるアメリカのプレゼンスが皮肉にもあらわに見えてきました。「ロシアはけしからん。結束して締め上げてやっつけよう」とアメリカが呼びかけたところで、対露経済制裁に参加している国はいくつあるか。国連加盟全193ヵ国のうち、わずか38ヵ国です。アメリカがいくら睨みを利かせても、NATO諸国や日本、韓国、台湾、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドあたりが経済制裁しているだけで、グローバル・サウスは「アメリカはこれまで中南米でさんざん好き放題やってきただろうが。どの口がロシアを批難できるのだ」とソッポを向いています。

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保阪 社会主義というイデオロギーが、民族や宗教の違いによる人間のプリミティブな対立に網をかけ、対立関係を塞いできた。これが20世紀の歴史です。しかしその抑圧性が限界に達しソ連・東欧は崩壊します。それから30年が経った今、民族や宗教や国家をめぐる対立をどういう思想や哲学で抑制していけばいいか。

案外、白井さんや斎藤幸平さんが研究しているマルクスの思想は、その新たな処方箋になるかもしれません。旧ソ連や東欧や中国のように、権力奪取を経て独裁制に行き着く革命論としてではなく、マルクスが資本主義社会を見極める批判的な目には、いまだに汲み取るべきものがあるような気がしています。

白井 同感です。資本主義社会が続いている以上、最も強力な資本主義批判の理論であるマルクスの思想もまた現役です。資本主義システムをどう解毒するのか、その処方箋をマルクスに求めることは、相変わらず適切なのだと思います。ただし、ソ連崩壊以降、どのような権力を構築するべきなのか、そのイメージがなかなか出てこない。そこが難所となっていますが、状況がますます過酷になるなかで、資本主義を統制する権力の形態をどうにか見つけ出さざるを得なくなると思います。

さらに1つめの記事『「2023年はどんな年?」という問いに「新しい戦前」と答えたタモリの的確…いま日本は「大軍拡のために血税を搾り取られる“戦争準備”の段階」に入っている』もせひお読みください。

「週刊現代」2023年8月12・19日合併号より