「赤紙」があなたにも?自衛隊の入隊勧誘ダイレクトメール 知らないうちに自治体が個人情報を

 自治体から自衛隊へ、若者の個人情報の提供が拡大している。進路を選ぶ年齢の住民に突然ダイレクトメール(DM)が届き、あたかも戦時中の「赤紙」を連想させるという声も。背景にあるのは、深刻な自衛官のなり手不足だ。政府はさまざまな対策を打ち出しているが、根本的な原因はどこにあるのか。戦後78年の終戦記念日を前に、教訓を考えた。(山田祐一郎、安藤恭子)

◆高校3年生の長男に

東京都内に届いた自衛隊の勧誘チラシ=一部画像処理

東京都内に届いた自衛隊の勧誘チラシ=一部画像処理

 「平和な日本で在り続ける為に」「自衛隊という選択肢」

 7月上旬、東京都内の会社員女性宅に届いた高校3年生の長男(17)宛てのDM。防衛省と書かれた封筒を開けると、そんな言葉が書かれたチラシが入っていた。「進学先としての防衛大であればそういう選択肢もあるかとも思えるが、『自衛隊』と書かれると、抵抗を感じた」と女性は話す。

 DMは全国の自衛隊地方協力本部が、高校を卒業する18歳や、大学を卒業する22歳に向けて送ったものだ。自衛隊法では、都道府県知事や市町村長が自衛官の募集事務の一部を行うと規定しており、DMを送るための「氏名」「生年月日」「性別」「住所」の個人情報を、全国の多くの市区町村が自衛隊側に紙や電子媒体で名簿提供している。

 従来は、多くの自治体が住民基本台帳の閲覧や書き写しを認める形にとどめていた。大きく転換したきっかけは、2019年2月、安倍晋三首相(当時)が自民党大会で「都道府県の6割以上が新規隊員募集への協力を拒否している」と述べたこと。政府は20年12月、「市区町村長が住民基本台帳の一部の写しの提供が可能であることを明確化する」ことを閣議決定し、翌年2月に防衛省と総務省が各自治体に提出が問題ないことを通知した。

 防衛省によると、18年度は紙と電子媒体による名簿提供が全1741自治体中683自治体だったのに対し、22年度は1068自治体に増加。これに対し閲覧は、894自治体から534自治体に減少した。名簿提供が39%から61%に増え、逆転したことになる。

◆安倍元首相の発言で「名簿提供が拡大」

 「安倍元首相が自治体をやり玉に挙げたことで一気に名簿提供が拡大した」と話すのは、市民団体「改憲・戦争阻止!大行進川崎」事務局の上田豊さん。7月に川崎市に対し、名簿提供の中止を申し入れた。「まさに自治体による戦争協力」と市の対応を批判する上田さん。「戦時中に自治体職員が住民に赤紙を持って行ったのと同じ構図だ」と指摘する。

 「こちら特報部」は8日午後、東京都練馬区と埼玉県朝霞、和光、新座市にまたがる陸上自衛隊自衛隊朝霞駐屯地の周辺を訪ねた。陸自広報センターがある朝霞門近くには「自衛官募集」の大きな看板と、「全国統一夏季採用広報キャンペーン実施中」の横断幕が掲げられていた。

陸上自衛隊朝霞駐屯地のフェンスにある自衛官の募集案内=埼玉県和光市で

陸上自衛隊朝霞駐屯地のフェンスにある自衛官の募集案内=埼玉県和光市で

 30代と40代の息子がいる朝霞市内の女性(60)は「子どもが学生の時は募集のチラシが送られてきていたし、電話でも勧誘があった」と振り返る。学生はDMが届いたら、自衛隊への就職を考えるのか。和光市駅から出てきた大学1年の男性(18)は「考えたこともなかった。国を守ることも大事だと思うけど、命を危険にさらすのは嫌だ」と話した。

 前出の、DMを受け取った女性は「人を殺傷することを前提とした訓練をさせるために息子を育ててきたわけではない。一方で経済的な事情で選ばざるを得ない若者もいるので複雑だ」と心境を明かした。

 知らないうちに個人情報を提供され、年齢を見定めてDMが届く状況は問題ではないのか。甲南大の園田寿名誉教授(刑法)は「住民基本台帳法は台帳の閲覧を認めているだけ。提供の規定はなく同法を逸脱している。自衛隊法からみても自治体管理の個人情報まで得ようというのは、拡大解釈の恐れがある。自衛隊だけ特別扱いというのもおかしい」と述べる。

 情報提供を望まない人を名簿から除外する「除外申請」制度もあるが、市民に周知されているとはとても言えない。DMが届いた保護者や子どもが困惑するのは「当たり前」と園田氏。「個人情報を提供されたくないという『自己情報コントロール権』を守りたいと思うなら、居住する自治体に対し、何を根拠に提供したのか問い合わせ、異議申し立てもできる。なし崩し的に自治体の名簿提供が広がるのは筋が違う」

◆少子化やハラスメントで応募者減少

 背景には自衛官応募の減少傾向もある。先月公表された2023年版防衛白書によると、22年度の自衛官などへの応募者数は7万4947人。前年度の8万4682人から1万人近く減った。自衛官の定数割れも慢性的で、22年度末は定数約24万7000人に対し、現員数は約22万8000人だった。

 こうした状況を受け、政府の人的基盤強化策に関する有識者検討会は7月、報告書を提出。任期がある自衛官候補生制度の見直しや、幹部自衛官となる前提で理工系学生に奨学金を貸与する「貸費学生制度」の対象者拡大を推奨。給与増額、ハラスメント根絶なども求めた。

 だが、福島県の陸自郡山駐屯地に所属していた五ノ井里奈さんが自衛官を辞めた後の22年、前年に男性隊員3人に押し倒されるなどの性被害を受けていたと公表。愛知県の航空自衛隊小牧基地は今年5月、後輩の男性隊員の顔にマグカップを投げつけ歯が折れるなどのけがをさせたとして、40代男性空曹長を停職6カ月の懲戒処分とした。

 「応募減は少子化だけが原因ではない。相次ぐパワハラ、セクハラ報道をみれば、入隊は不安だろう。五ノ井さんに土下座までした隊員たちが裁判で居直ったことも今後の採用に響く」とみるのは、元自衛官で軍事ジャーナリストの小西誠氏だ。「いじめやハラスメントが相次ぐのは軍隊の構造。24時間営内勤務の生活環境がいまの日本にそぐわない。有事となれば、さらに人はいなくなる」

 令和を生きる若者に届くDM。明治大の山田朗教授(日本近現代史)によると、徴兵制があった戦前の「赤紙」は旧日本軍の臨時召集令状を表し、その紙の色をとって呼ばれた。日中戦争が始まったころから、戦地に赴いて退いた予備役や、徴兵検査を経て体格が良くないなどの理由で入営しなかった補充兵役らを対象に届いた。

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自衛隊への名簿提供中止を訴え署名活動する人たち=7月、川崎市で

◆欧州で進む陸軍削減「日本は軍縮怠る」

 「自分はもう呼ばれないと安心したところに赤紙は届くから、ショックは大きかった。自衛隊勧誘のDMに『数日以内に来い』というような強制力はないが、突然送られてくるという点で、赤紙と重なる」と山田氏は指摘する。日本の戦況が悪化し、敗戦に至るまで赤紙は送られ続けた。

 戦後78年を迎える日本の状況を「際限なき軍拡。自衛官が定数割れというが、そもそも今の日本に見合った兵力なのか」と疑問視する。冷戦後、西ドイツやフランス、英国の各陸軍は兵力を大幅に減らしてきたが、「日本は軍縮の努力を怠ってきた。陸自を地域に張り付かせるやり方を変えず、いまは南西諸島にシフトしている」という。

 「ミサイル配備などみてくれの軍事力を拡充しても、相手国も引けず、最前線の緊張を高めるだけだ。平和を実現するには文民統制下での情報収集・分析、それに対話と軍縮の努力を重ねることが必要だ」

◆デスクメモ

 大戦末期、日本は平時よりはるかに多い軍人を動員。予算の大半を戦費に充て、国民生活はどん底にたたき落とされた。民間を含む国力の圧倒的な劣勢を無視し、軍事力で出し抜けば勝てると妄信。その結果、軍人・軍属230万人、民間人80万人が死んだ歴史に学ぶ点は多い。(本)