進む円安に、海外出稼ぎブーム…「どんどん貧しくなる日本」で新たに生まれる「ドル収入」格差

1ドル138円台(16日現在)、まだ円安が終わったとは言い難い日本。若者の間では「海外への出稼ぎ」も話題になる円安環境のもと、じつは新たな格差が生まれつつある。はたして「円収入」しかない人は防衛策を講じるべきか、そして、より本質的な問題は……?『マネーの代理人たち』の著者で、経済ジャーナリストの小出・フィッシャー・美奈氏がどんどん貧しくなる日本の問題点をあぶり出す。

どうする?夏休みの海外旅行計画

円は6月30日に一時1ドル145円をつけたあと、今月13日には138円まで円高に振れるなど、荒い値動きとなっている。それにしても、ここまでの円安で日本株はバブル後高値を更新して、上場企業の業績も堅調。にもかかわらず日本の勤労者は、世界でどんどん貧しくなった。今の状況をどう考えればよいのだろう。

普段日本で生活して円しか使わなければ実感は沸かないかもしれないが、長かった渡航自粛の解禁を受けて、この夏休みに久しぶりに海外旅行でもしようかと思いつく時、円パワーの喪失に愕然とすることになる。

image

2020年春の一時的な円高水準に比べると、ドルやユーロは円に対して3~4割高騰しているから、物価も高いアメリカやヨーロッパ旅行はハードルが高い。ではアジアに行こうかと思っても、中国、香港やベトナムはドルにゆるやかに連動する「ペッグ制」を採用しているし、韓国やタイ、フィリピン、インドネシアもウォンやバーツやペソやルピアが円に対して2~3割上がっていて、以前のような割安感はない。

円安の大きな要因は、米国がインフレ対策で金利を上げ続けてきた一方、日本は「異次元緩和」を終わらせることができず、日米金利差が拡大していることだ。例えば、米国では最近、5%程度の利子がつく新規普通預金やCD(譲渡性預金)をキャンペーンする銀行が珍しくない。一方、日本では普通預金の金利は依然としてスズメの涙以下の0.001%。

日本では100万円を銀行に預けても1年で「10円」しか預金が増えない。一方、同じ金額のドルを米国で預ければ、利子は5万円相当になる。5万円と10円の差は歴然だ。市場の資金は、高い金利を求めて「ドルを買い、円を売る」ことになる。

さらに過去と違うのは、日本企業の生産拠点の海外移転などが進んで、円安になっても輸出が伸びないこと。むしろ円安になるとエネルギーを中心に輸入価格が高騰するので、貿易赤字が逆に拡大してさらに円が売られる、という負の円安スパイラルに陥った。日本の当局が手を打てない状況を、市場に見透かされている格好だ。

いよいよ日本からの「出稼ぎ」時代か

この円安の進行で、ドル建てで見た日本の勤労者所得は更に低下した。

1年ほど前の記事で、主要国の中で日本の勤労者所得だけが20年以上も横ばいし、世界の中でどんどん貧しくなっているという話をしたが、(参考記事:「超円安」で日本がどんどん貧しくなる…それでも「日本人の給料」が上がらない根本的原因) 、最新2022年版のOECDデータでは日本の給与所得ランキングは加盟国中25位と、前年の24位からさらに低下している。

ただ、ここでOECDが比較に使っている「為替」は、一般的な為替レートではなくて「購買力平価(PPP)」という指標だ。PPPは、その国の貨幣で世界で同一のモノがいくらで買えるかというのを国際比較したもので、例えば日本で100円の品物が、米国で1ドルで買えるとすると、PPPは1ドル=100円となる。

OECDが算出する2022年の日本のPPPを見ると、今の為替レートからはるかに円高方向に乖離した1ドル97円になっている。日本では物価が海外ほど上がっていないので円の購買力が強い、つまり円で沢山買い物ができる割安国というわけだ。

では、実際の為替ではなくて「購買力平価」で見ても日本の所得ランキングが世界の中でずり下がっているというのはどういうことか。それは、日本の勤労者所得が、世界的に見て低く抑えられている日本の物価上昇にさえ追いついておらず、実質マイナス成長していることを意味する。つまり円の購買力は強くて日本は物価の安さが際立つ国なのに、それでも勤労者の生活は厳しくなっているのだ。

「購買力平価」で見てもこうなのだから、市場レートを使うと日本の勤労者の世界でのステータスはもっとひどいことになる。

最新の国税庁の民間給与実態調査によれば、2021年時点の日本の平均給与は441万円。でも、高額所得者の数字に引きずられる「平均」ではなくて、より実勢に近い「中央値」、つまり統計の真ん中の値を厚生省の2020年家計調査で見ると、更に低くて437万円となっている。仮にこのまま円安が150円まで進んだとすれば, ドル建てでは2万9,000ドル程度にしかならない。

米国の平均所得は2022年データで6万575ドル。中間所得でも5万4000ドル程度なので、実にその半分だ。

昨年、経済産業省が出した「未来人材ビジョン」では、日本の大企業の部長の平均年収(1714万円)がアメリカ(約3399万円)はもとよりシンガポール(約3136万円)やタイ(2053万円)より低いというデータが明らかにされて衝撃が起きた。

これでは、東南アジアから日本への「出稼ぎ」意欲も低下してしまう。特に高度なスキルを持つ外国人労働者は日本を見向きもしなくなるだろうから、人口減少による労働力不足を海外人材で補おうと思っても、うまくいかなくなる。

例えば、厚生労働省が昨年発表した「外国人の雇用状況まとめ」によれば、日本で働く外国労働者はベトナムが最も多く、全体の4分の1を占める。彼らの多くは特定技能の持ち主や技術実習生で、教育水準も高い。これまでは、ベトナムでの初任給が日本円で3万円程度と低いことが、彼らが日本にやってくる大きな動機になっていた。でも、ベトナムの昇給スピードは日本より格段に高い。

JETROデータによれば、ベトナムのIT技術者の平均月収は日本円で10万円程度。能力のあるIT技術者なら、20万円程度は稼ぐだろう。しかもベトナムでは最低賃金が昨年6%引き上げられ、部長職だと年間で13%も報酬が上がったという調査もある。日本で先の見えない仕事につくより、着実な昇給が見込める国に帰ろうという人が今後は増えそうだ。

このままでは反対に増えそうなのが、海外に「出稼ぎ」したいという日本の若者だ。日本の最低賃金は、少し上がったといっても、全国加重平均で961円。青森や沖縄などではまだ853円だ。一方、オーストラリアの最低賃金はこの7月から23.23ドルに引き上げられた。1豪州ドル=96.5円の現在の為替水準では2200円以上の時給となる。しかも休日出勤をすれば倍額の一時間4,400円以上。

YouTubeなどソーシャルメディアでは、オーストラリアのバイトで月に80万円稼いだ人の話だとか、若い人の「出稼ぎ」コンテンツが人気で、ワーキング・ホリデーの相談窓口の開設なども増えている。

ドル所得の有無による格差の拡大

それでも、日本は世界的に見れば所得格差は少ない。格差の指標である「ジニ係数(収入不公平指数)」も近年むしろ低下しているし、現状は「みんなで貧しく」なっている感じ。であれば、社会的な調和は崩れないかもしれない。

だが、円安環境のもとでの「勝ち組」と「負け組」の格差は着実に拡大している。

最近の企業決算では、円安で業績好調な企業を中心に役員報酬1億円以上の開示は316社と過去最多(参考記事:最大5000倍!社長と従業員の「報酬格差 」が止まらないカラクリ)。

また、ここまで円安が進むと、ドル建てで給与を貰える人と円収入のみの人の格差も大きくなってしまう。例えば、ベネズエラ(参考記事:ベネズエラを事実上のデフォルトに追い込んだ「ポピュリズム」の恐怖)のようなハイパーインフレで自国通貨の価値が崩壊している国でも、ドル収入を得ることのできる社会階層は全く痛みを感じない。それどころか、更にパワーアップしたドルの購買力を享受することになる。

これまで、こうしたドル収入の有無による所得格差は途上国の典型的現象で、日本には無縁の話かと思っていたら、どうもそうではなさそうだ。

経済産業省の「外資系企業動向調査」によれば、2020年時点で日本には2800社あまりの外資系企業がある。もちろん、外資系でも給与は日本円で査定されているという人が多数だとは思うが、中には米国本社などで給与がドル建てで決まっている人もいる。この場合、為替の恩恵をフルに受けることになる。

2020年3月の1ドル102円と1ドル145円程度の水準を比べれば、ドル建て給与を貰って日本で暮らす人は、実質4割も所得が上がったことになる。しかも、海外と違って日本では物価があまり上がっていない。芸術品のようなラーメンがまだ一杯1,000円程度、日本のユニクロでは女性もののストレートパンツがセール時には1300円程度で買えるし、100円ショップの品揃えは素晴らしい。

日本の「ドル所得者」は、今日本を訪れる観光客が興奮する激安感を居ながらにして味わうことができる。

反対に、とても辛い思いをしているのが円建て収入で海外で暮らす駐在員や学生などの日本人だ。

筆者の暮らす米国では、家賃から食費まで、あらゆる生活費が高騰しており、ラーメン一杯がチップと税金を合わせると30ドルくらいする。1ドル145円の為替では、たった一杯が日本円で4300円以上になる。ユニクロもレディース物レギングスパンツが「セール」で30ドル程度で、税金を含めると5,000円近くと、お買い得感はない。こちらで店舗展開している「ダイソー」で買い物しても、値段は日本の倍する感覚だ。

米国の大都市で駐在員家族が食事すれば、ランチ1回でも1万円程度はすぐ飛んでしまう。それでも駐在員の場合はまだ海外手当などの補填もあるだろうが、留学生などは円安の直撃を受ける。若い時に広い世界を見分しようと思ったら、今後は「留学」ではなくて「出稼ぎ」の選択肢が現実的になるのだろうか?

短期語学留学などは増加しているものの、単位を伴う長期留学をする日本人は、OECDデータによれば2000年の8万人からコロナ前の2019年でも6万人以下、2020年には4万人台まで減っている。若い人が海外で学ぶ機会が失われて国際的な競争力のある人材が育たなければ、日本の将来にとってもマイナスだ。

外貨を持つことは円安防衛になるのか?

では、円収入しかない場合、どうすれば良いのだろう? 円をドルやユーロなどに換えて、外貨預金をすべきなのだろうか?

結論から言って、将来海外旅行するとか、留学する、あるいは海外に移住する、などといった外貨を使う予定があれば、話は別。でも、そうでないならドルやユーロという外貨を保有する意味はないと思う。

外貨を持っていても使わなければ価値がないし、将来円を買い戻すつもりなら、今後もドルやユーロが上がり続けるという強い確信でもない限り、無意味な為替リスクを負うことになるからだ。

基本的に為替市場を動かしているのは、米国の金融政策だ。足元では、12日の米国の消費者物価指数が予想を大きく下回ったことが為替反転のきっかけとなったが、仮に米国の景気悪化が鮮明になり、米中銀が再び金融緩和にシフトするような展開になれば、為替が更に大きく円高に動くことも視野に入れておかなければならない。

なお、足元では外貨建ての投資信託などが人気だ。「外貨預金」と違って、外国株や債券などの外貨建て資産を持つことについては、円建て資産にはない高い利回りや、日本にはないような企業も海外にはあるので、必ずしも悪い選択肢ではないと思う。ただしその場合でも、将来円換金するつもりなら、為替リスクを超える魅力があるかどうかを吟味する必要があるだろう。

つまり、海外に行くつもりがないなら、ドル建てで自分の給与が世界の下の方に沈もうと関係ないし、「円安防衛」などしなくていい、ということになる。

問題は、世界的に見ればインフレがそれほど進行していない日本で、昇給がそれにも追いついていないことの方だろう。