「人類の健康寿命は確実に伸び、90歳まで趣味を楽しめる」「高齢者が若者と全力でぶつかることができようになる」山中伸弥×谷川浩司…天才たちが考える「これからの未来」

「天才」と称される2人だが、最近は「以前とは違う」と感じることがあるという。脳の衰えに2人はどう立ち向かっているのだろう。奇しくもいま、山中氏が研究を進めているのが老化だ。それは克服できるのか。

前編記事『「人が考えつかないような、突拍子もないことを一か八かでやってみなければ、恐らくiPS細胞の発見もなかった」山中伸弥…《研究者が本来目指すべき挑戦》が可能な「年齢」』より続く。

健康寿命を延ばすために

谷川 余力というのは、具体的にどういうことでしょうか。

山中 細胞にはレジリエンス、つまり回復力があります。レジリエンスは老化によって低下しますが、それを抑えることで健康寿命を延ばす方法を発見する、という挑戦をしているんです。

たとえば脳の細胞は、生まれたときから基本的にほとんど増えたり減ったりしないといわれていましたが、最近では少し増えることがわかってきています。しかし、加齢とともにいろいろな悪さをする物質が脳に溜まってきて、認知症になることもわかっています。そうした物質をいかに溜まらないようにするか、もしくは溜まっても病気にならないように余力を与えられないか。そういう研究のアプローチもできると思っているんです。

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谷川 研究としてはいま、どれくらいの段階にあるのでしょうか。

山中 いまはひとつ目が進んでいて、個別の病気やケガに対処するための研究が臨床に近づいています。ふたつ目のほうは、まだこれからです。

趣味は90歳まで普通に楽しめるようになる

山中 でも、もしかしたら5年後、10年後には、逆転するかもしれない。老化のスピードを遅くしたり、細胞の余力を回復させたりすることができるかもしれない。

夢のような話と思われるかもしれませんが、現在のさまざまな科学的な事象は、昔はすべて夢やSFの世界のことと考えられていましたからね。

もちろん、進む高齢化に社会がどのように対応していくか、たとえば高齢者のみなさんに社会でどのように活躍していただくようにするかは、もうひとつの大きな課題です。

ただ、医学研究はストップがかからないので、いま説明したふたつのアプローチは確実に進んでいきます。ガン治療も10年前にくらべると大きく進展していますし、健康寿命や平均寿命は、間違いなく延びていくと思います。

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谷川 ふたつ目の研究が着実に進んだ場合、健康寿命や平均寿命はどれくらい延びるのでしょうか。

山中 健康寿命が延びれば、自動的に平均寿命も延びて、100歳まで生きる方がいまよりも随分多くなるでしょうね。ということは、健康寿命が90歳を超えて、将棋はもちろん、マラソンやゴルフを90歳で普通に楽しむことが十分に起こり得ると思いますよ。

藤井聡太と戦うことの幸せ

谷川 この年になってとくに思うのは、一般の社会では20も30も年齢が離れた人と、本気でぶつかり合うことがなかなかないのでは、ということです。

私は藤井聡太さんとちょうど40歳離れているのですが、現役を続けている限り、30歳、40歳下の後輩と全力で戦うことができる。とても幸せなことだと思いますし、それが脳の老化を抑える方法になるのではないかと感じています。

山中 今年の1~3月に行われた王将戦で、藤井王将に羽生善治九段が挑戦して2勝しましたよね。

谷川 ええ。4勝2敗で藤井さんが王将位を防衛しましたが、大接戦でした。羽生さんはいま52歳で、藤井さんとは32歳差です。羽生さんが活躍していると、彼より9歳上の私も、「自分もまだやれるんじゃないか」と勘違いさせてもらえる。それだけでもありがたいですね。


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私も若手と対局して、最後には負けることが増えてきましたが、それでも実際に対局してみないと、彼らの考え方や感覚ははっきり掴めません。彼らと全力でぶつかり、その感覚に直に触れれば、間違いなく脳が刺激されます。

「いい時代になってきた」

山中 若い人と対等に向かい合うというのは、脳の老化を抑えるためにも大切なことですね。

いま、僕の研究の本拠地はアメリカなので、毎月のように渡米しています。向こうでは20代、30代の研究者と同僚として対等に話せる。それが大きな魅力なんです。彼らとお互いにファーストネームで呼び合って話をしていると、すごく刺激になります。

谷川 それにくらべると、日本の若い世代は遠慮しているのか、ちょっとおとなしい感じがしますね。国民性もあるのかもしれませんが。

山中 ええ、日本社会のいい面であり、悪い面でもありますが、年の離れた者同士がお互いに対等に向き合うことはほとんどありませんよね。実際に日本では、誰も僕のことを「伸弥」とは呼んでくれない。

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谷川 私も呼べませんから。

山中 AIにはそうした忖度はありません。若者とAIの両方から刺激をもらえるという意味では、いい時代になってきたなと思います。

骨に刺激を与えると若返る

谷川 山中先生が続けているマラソンは、老化防止にプラスの面があると感じていますか。

山中 適度な有酸素運動を行うと、脳が活性化するといわれていますし、骨に刺激を与えたときに骨から分泌される物質が、体も脳も若返らせることがわかってきています。走れば十二分に骨は刺激されますが、僕のように年に何回もフルマラソンを走るのが、本当に体にいいかどうかは、僕もわかりません。

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谷川 山中先生はいまでも年に何回もフルマラソンを?

山中 はい、今年はすでに3回走っています。そんな僕が、いったい何歳まで健康寿命を保てるか。これはもう人体実験ですね。

谷川 私は自宅で30年近く、エアロバイクを使っています。最近は、パーソナルトレーニングに月2回通って、自宅でもできるだけストレッチをやるようにしています。

将棋は勝負であると同時に、伝統文化でもあるので、たとえば対局のとき、午前中の2時間は正座で姿勢を正して臨むことを目標にしています。そのためには体力が必要なのです。

まずは身近な健康習慣から

山中 2時間も正座していられるというのは凄いですね。

谷川 頭を使ったあとに体を使うことで、適度に疲れてぐっすり休めますし、体を使っているときは頭の中を空っぽにできるので、頭がリフレッシュします。頭と体を使うことと休めること、その両方が大事なんだと思います。

山中 たとえば、研究がうまくいかないなどでストレスがあるときには、体の中であるホルモンが出て、放っておくとそれが悪さをすることが多い。汗をかく程度の適度な有酸素運動をすると、そうしたストレスレベルが下がるといわれています。だから1日30分でも1時間でも、散歩やジョギングをしている研究者は多いですよ。

それから80歳、90歳でお元気な方にお会いすると、そういう方々はかなりの確率で歯が丈夫です。「ぜんぶ自分の歯です」という方が多い。「朝からステーキを食べてます」という方もいらっしゃいました。

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谷川 歯の健康が、脳の健康にも関係しているということですね。

山中 どれだけ医学的に証明されているかはわかりませんが、まずしっかり噛むことが、脳への刺激になります。それに、食べることは人間の大きな欲求のひとつですよね。好きなものを自分の歯で食べることができると、幸せホルモンがいっぱい出るのではないでしょうか。脳を含めて健康寿命を延ばすには、運動と歯の健康はとても大切だと思いますね。

谷川 心したいと思います。

やまなか・しんや/1962年、大阪府生まれ。京都大学iPS細胞研究所名誉所長・教授。米国グラッドストーン研究所上席研究員などを兼務。マウスやヒトの皮膚細胞から人工多能性幹(iPS)細胞の作製に成功したことを報告し、’12年にノーベル生理学・医学賞を受賞

たにがわ・こうじ/1962年、兵庫県生まれ。十七世名人。’76年にプロ棋士になり、’83年に史上最年少(当時)で名人位を獲得。’92年には史上4人目の四冠王(竜王・棋聖・王位・王将)に。『藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道』など著書多数

「週刊現代」2023年7月1・8日合併号より