アメリカ型資本主義の限界…世界の国々が「中国モデル」へ吸い寄せられる恐れ【米専門家が警鐘】

 アレック・ロス

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(※画像はイメージです/PIXTA)

企業・政府・市民。かつてその均衡は保たれていたが、近年、企業は株価を上げることに苦心し、損失を税金による救済で賄うようになった。なぜこのような資本主義の負の側面が露呈したのか? 新たな経済を構想することは可能なのか。情報政策の専門家、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー『未来化する社会』の著者であり、イノベーションに関する世界的な専門家のひとりであるアレック・ロス氏の著書『99パーセントのための社会契約』(早川書房)から一部抜粋転載して紹介します。

アメリカが「参考にすべき国」

パンデミックは、産業界主導のアメリカの社会契約がもはや機能していない、という不都合な真実を暴きだした。いまの若者は学校を卒業したあと、ひとつの職場にとどまるよりも30年間で30の職場を転々とする可能性のほうがおそらく高い。

民間企業が国の経済、政治、社会の健全性にまで強い影響力をもつことは、アメリカ人にとってよりよい結果にはつながらなかった。企業にしても、各種手当や福利厚生の主たる担い手でないほうが嬉しいはずだ。企業は市場の要求によって動いており、それが公平で公正な社会の要求とつねに一致するとは限らない。市場にできないときこそ政府の出番だ。

アメリカのシステムをよく見てみると、政府がもともと抱えていた内部の問題に、企業や富裕層など外部からの働きかけが重なっており、このままではいずれ社会契約が道を外れてしまうかもしれない。ただし、全体像は厳しい状況に見えるが、けっして修復できない問題ではないし、打つ手はある。

アメリカは、覇権を争っていたソ連が凋落したあと、浮かれた気分になった。経済システムのガードレールをなくし、企業や高額所得者への税金を大幅に引き下げた。いまになって、政府が市場を野放しにすれば社会契約に歪みが生じるという現実に直面している。

とはいえ、実効性のある社会契約とセーフティネットの例は世界に数多くあり、アメリカのバランスを正すうえで参考にできるはずだ。

欧州の多くの国や韓国、オーストラリア、ニュージーランドは、ビジネスとイノベーションを、市場の盛衰に直接巻きこまれる労働者の保護と両立させる方法を見いだしている。各国のモデルには長所も短所もあるが、参考になるところが多い。

北欧、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドは民主主義を土台にして、世界で最も強力な社会的セーフティネットを構築してきた。彼らの社会契約のもとでは、国とその機関が、高い質の生活を生涯にわたって国民に保証している。

アメリカの政治経済のシステムは、結果の不平等は承知したうえで国民に機会の平等を提供しようとする。日本のシステムでは、結果の不平等がアメリカほどは大きくない。韓国やイスラエルなど地理的・文化的に遠い国々は、アメリカ型資本主義の自由を謳歌しつつ、より強力なセーフティネットも併せもつ。

一方、世界第二の経済大国、中国はまったく異なるモデルを採用している。中国共産党は過去30年間、権威主義によるトップダウンの統制と資本主義の効率および収益性を組みあわせた社会契約の構築に成功した。

それ以前には不可能と考えられていた政治的統制と経済的自由を両立させることで、人口の3分の2が極度の貧困状態にあった農業国の中国を、地政学的に見ても世界屈指の強大なプレイヤーへと変貌させたのだ。

ただし中国には公的なセーフティネットがほとんどないため、いまの状況を継続するには今後も高い成長軌道を維持しなければならない。

企業・政府・市民。かつてその均衡は保たれていたが、近年、企業は株価を上げることに苦心し、損失を税金による救済で賄うようになった。なぜこのような資本主義の負の側面が露呈したのか? 新たな経済を構想することは可能なのか。情報政策の専門家、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー『未来化する社会』の著者であり、イノベーションに関する世界的な専門家のひとりであるアレック・ロス氏の著書『99パーセントのための社会契約』(早川書房)から一部抜粋転載して紹介します。

権威主義と力を振りかざす中国の社会契約

世界ではいま、発展途上国がこの2020年代とそれ以降に向けて豊かになっていくために、どのような社会契約を採用するかを選択する時期に来ている。選択肢として代表的なのは世界の大国であるアメリカと中国のモデルだ。

アメリカは長らく先進国のゴールドスタンダードだった。社会契約に生じた歪みを正せば、今後も他国が目指す国家でありつづけられるだろう。

建国以来、アメリカ政府は、国民のさまざまなニーズに応えられる柔軟さと、政府の行きすぎを防ぐためにも幾重もの抑制と均衡を備えた非効率さを併せもってきた。その結果、人間の自由と安心な暮らしを両立させ、世界中のほとんどの人から評価される枠組みをつくりあげた。

だが最近のアメリカの苦悩する姿は、アメリカの将来と枠組みについて、さらには根幹をなす民主主義と力強い資本主義は果たして融和していけるのかについてまで、世界の人たちに疑念を抱かせることになった。

中国モデルへの関心を途上国が募らせているのは、まさにこうした疑念が根幹にあるからだ。中国モデルにはぶれがない。急速な経済成長と上層部の断固とした行動に基づき、党の目標に沿うように企業と国民を動かしてきた。

だが、中国の社会契約は、権力者が力を乱用するのに好都合にできている。何世紀も変わっていないように見える古い社会契約のままで、国民は政府の舵取りについてほとんど何も言うことができない。

中国はこれまで、数十年にわたってめざましい経済成長を遂げながら、社会契約を機能させてきた。経済の開放に伴って国民の生活の質は劇的に向上したし、中国政府の鉄の支配体制が、ゼロ年代から2010年代にかけて多くの国々を揺さぶった経済変動から国を護ってきたのもたしかだ。

だがもし、中国の成長が停滞したり、下降したりするようなことがあれば、暗黙のうちに結ばれていた社会契約に綻びが生じる可能性がある。

中国の人たちは、成長と安定した生活を手にする代わりに大きな自由を手放した。成長と生活が失速すれば、この社会契約は国民の多くにとって非常に不利になりはじめる。そうなると、政府主導の社会契約を維持するには国が権威主義と力を振りかざすしかない。

アメリカはいま、同じ西側民主主義国のよいところを参考にしつつ、自国のモデルを刷新する必要性に迫られている。アメリカのモデルを改良できなければ、世界の多くの国は、一般国民の力を削ぐ権威主義的なモデルへ吸い寄せられてしまうだろう。