格差や貧困に喘ぐ日本へ「左翼の時代」がやってくる!今のうちに絶対に知っておくべき「左翼の教養」

日本の左翼は何を達成し、なぜ失敗したのか。

真説 日本左翼史 戦後左派の源流 1945-1960』は、忘れられた近現代史をたどり、時代の分岐点に求められる「左翼の思考」を問い直す。

激動の時代を生き抜くために、今こそ「左の教養」を再検討するべき時が来たーー。

※本記事は、2021年6月に刊行された池上彰・佐藤優『真説 日本左翼史 戦後左派の源流 1945-1960』から抜粋・編集したものです。

なぜいま「左翼史」なのか

佐藤優 今回の対談を通じて、私は日本の近現代史を「左派の視点」から捉え直す作業を池上さんとやってみたいと考えています。なぜ今それをしたいのかというと、まず一つ目の理由として、私は「左翼の時代」がまもなく再び到来し、その際には「左派から見た歴史観」が激動の時代を生き抜くための道標の役割を果たすはずだと考えているからです。

池上彰 たしかに近年、白井聡さんの『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社)や、斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』(集英社新書)など、マルクス主義を新たな視点から捉え直し、解説した本が話題になることが増えていますね。2013年にフランス語で刊行され、翌14年に日本語翻訳版が出てベストセラーになったトマ・ピケティの『21世紀の資本』(みすず書房)にしても、世界各国で起きている格差の拡大について分析した本でした。

佐藤 マルクスの読み直しが盛んに行われているのは、格差や貧困といった社会矛盾の深刻化が背景にあるからにほかなりません。特に2020年からの新型コロナウイルスのパンデミック以降は、格差がさらに拡大し、命の問題に直結するようになってきました。

2020年には自殺者が11年ぶりに増加に転じ、特に女性の自殺者が前年より885人も増えました。この事実からは、以前から非正規など不安定な雇用環境で働いていた人たちが、コロナという災厄の影響を真っ先に受けている現状が透けて見えます。

格差の是正、貧困の解消といった問題は、左翼が掲げてきた論点そのものです。

本来ならばこうした不公平・不公正は民主主義的な制度・手続きのもとで調整され、矛盾を解消していくべきです。しかし現在は、その民主主義そのものが機能不全に陥ってしまったことで難しくなっています。

特に、冷戦終結以来長く「民主主義の模範」とみなされてきたアメリカ型の民主主義に至っては、極端に大衆扇動型の指導者を誕生させたこともあって、社会の矛盾を是正するどころか、今や制度自体が社会に分断を生む元凶なのではないかという疑念さえ持たれるようになってしまいました。

池上 2021年1月にトランプ前大統領に扇動された群衆が暴徒と化してアメリカ議会 議事堂に突入し、警官を含む5人が亡くなりました。この事件もまた、そうした民主主義に対する懸念を増してしまった可能性は否定できませんね。

佐藤 格差・貧困に加えて戦争の危険もかなり現実味を増しています。2021年1月に行われた北朝鮮の第8回大会の軍事パレードでは、新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)など、多くの新型兵器が公開されました。

池上 これ見よがしにお披露目されていましたね。米国でバイデン新大統領の体制が発足する前に、自らの軍事力を誇示したいという狙いは明らかでした。

佐藤 トランプ時代の米国は良くも悪くも内向きでしたので、対中国、対北朝鮮関係は例外的に安定していました。しかし、バイデン政権になって旧来の価値観に基づく外交が再開されると、南シナ海の群島や人工島の領有権を主張している中国との軍事的緊張はオバマ政権時代並みに高まるでしょうし、北朝鮮との関係も悪化するでしょう。東アジアで戦争を起こしかねない動きに対峙し、好戦的な空気に対抗する思想の価値が増していくはずです。

池上 そうした明日をも知れない状況にあって、人々は何かに救いを求めずにはいられなくなっていくでしょう。そのときに、反戦平和、戦力の保持をめぐる問題も、左翼が議論を積み重ねてきた主要な論点となってきます。

佐藤 ええ。右翼にしても左翼にしても、思想や政治運動というものは、その時代時代に特有の社会構造に対する反作用として出てくるものです。政治の腐敗や社会に対する不満が高まると、急進的で改革を叫ぶ左翼が活発になりますし、改革が行き詰まると漸進主義的で歴史に回帰する保守的な主張が増えてくることは、フランス革命をはじめとした歴史を見れば明らかです。

現在の世界で顕になっている社会の機能不全に対して、人々が左翼的な思想に再び注目し、左翼勢力が台頭する可能性は非常に高いと思っているのです。

友愛を取り戻すための「左の教養」

佐藤 もう少し原理的な説明をすると、人類が近代以降に重視してきた「自由・平等・友愛」という3つの価値がありますよね? この3つは、自由を重視すると格差が拡大して平等ではなくなるし、平等を重視すると社会から自由が失われていく、しかし自由と平等の間で、友愛(フランス語の「fraternité」。「博愛」「同胞愛」などとも訳されるが、皆が他人を兄弟のように愛することを指す)が二者の調整原理として働くことでようやく社会が安定するという関係にあります。

一方で現代の社会からは、その調整原理としての友愛が失われて機能しなくなっています。だから、友愛に代わる調整原理としての左翼思想が必要とされる時代が来るのではないか、と思っているのです。

こうした潮流は日本国内だけを見ていると実感が湧きにくいかもしれませんが、世界的に見ればすでに顕在化しています。

たとえば、10代のスウェーデン人少女グレタ・トゥーンベリさんを旗印とした地球温
暖化に対するグローバルな抗議運動、あれなどは、私は現代版の左翼思想、エコロジカルになったマルキシズムだと思います。

あるいはトランプが目の敵にしていたANTIFAという運動にしても、「反ファシズム」を掲げた、国境を越えた人民統一戦線と捉えることができます。

それにアメリカではいま「社会主義(socialism)」という言葉が頻繁に用いられるようになっています。伝統的に社会主義に対して抵抗感の強いアメリカでこのような事態が起こっていることの意味を考えなければなりません。

池上 フランスでは、一般の国民たちが黄色い反射材でできたベストを連帯の印として身につけ、燃料税の値上げに抗議したり最低賃金引き上げを訴えたりするデモが2018年に始まり、2021年現在(※当時)も続けられています。この「黄色いベスト運動」もそうした潮流のひとつでしょうね。

佐藤 そうです。ですから左翼運動は世界的に見れば明らかに復活の兆しがありますし、その波は遅かれ早かれ日本にも必ずやってきます。だからこそ今のうちに、左の教養を学んでおく必要があるのです。

「リベラル」と「左翼」は対立的な概念

佐藤 左派の視点から近現代史を捉え直すことが必要と考える第二の理由は、左翼というものを理解していないと、今の日本共産党の思想や動向を正しく解釈できず、彼らの思想に取り込まれる危険があるということです。問題は、最近の若い人たち——私たちからすると、「若い人」というのは40代まで含めた話ですが——は、左翼のことをあまりに知らなすぎるということです。私が最近、一番それを感じて危ないと思ったのが、数年前から噂されている「枝野革マル説」です。

池上 立憲民主党の枝野幸男代表が、警察白書で「極左暴力集団」と名指しされている革マル派のシンパであるという説ですね。

枝野氏が革マルとの関係が指摘されている総連から献金を受け取っていたことが根拠になっているようですが。

佐藤 これがありえないということは、枝野氏の出身大学である東北大学が1980年代 は中核派の主要拠点のひとつであることを理解してさえいればわかるはずなんですよ。仮に彼の年代で、東北大学で革マルのシンパなどやっていたら、リンチに遭って学業を全うできるはずはありませんから。そういうことを含めて愚にもつかない話が、いまネットを中心に山ほど転がっているんです。

池上 立憲民主党と革マルのつながりを安易に信じてしまうくらいだと、学生運動や過激派の流れを作った「新左翼」と共産党の区別もついていないんでしょうね。

佐藤 あるいは「左翼」と「リベラル」が全然別の概念だということも理解されていません。本来はリベラル(自由主義者)といえば、むしろ左翼とは対立的な概念です。たとえば、左翼は鉄の規律によって上から下まで厳しく統制され、またそれを受け入れるものであったのに対して、リベラルは個人の自由を尊重する思想ですから、そうした規律を嫌悪します。でも今では、左派とリベラルがほとんど同じもののように考えられています。

池上 ただ、そこには「左翼」と呼ばれることを嫌った「オールド左翼」たちが、自らを「リベラル」と称するようになったことも背景にあるかもしれませんが。

さらに【つづき】〈なぜ「高学歴秀才」が左翼思想に魅かれたのか…忘れ去られた「左翼」の「本来の定義」〉では、左翼の定義や思想について、くわしくみていく。

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