がん細胞が42.5℃以上の熱で死滅する性質を生かした温熱治療法「ハイパーサーミア」のガイドライン制定

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温熱治療法「ハイパーサーミア」とは?(イラスト/いかわやすとし)

【週刊ポスト連載・医心伝身】ハイパーサーミアは、がん細胞が42.5℃以上の熱で死滅する性質を生かした治療法だ。1990年に健康保険適用となり、抗がん剤や放射線との併用でも使用されている。今年、ハイパーサーミアの診療ガイドラインが作成された。11種のがんに対し、ハイパーサーミア単独、並びに併用療法のエビデンス(科学的根拠)レベルと推奨度が示され、治療の選択肢が広がりを見せ始めている。

 がんを熱で治療する温熱療法の研究は1960年代からスタートした。がん組織は、がん細胞の増殖に血管の新生が追いつかないため、加熱しても血管拡張が起こりにくく、血液による冷却効果が得られにくい。このため、がん細胞のほうが正常細胞よりも熱の影響を受けやすい。そのため、42.5℃以上でがん細胞は正常細胞より高率に死滅することがわかっている。

 こうした特性を生かした治療が、ハイパーサーミアだ。欧州ではがん治療として広く一般的に用いられている。その一方、日本では40℃前後に加温して血流を増やし、抗がん剤や放射線治療の併用により治療効果を上げる方法を行なっているが、積極的に導入を図る医療機関は多くなかった。

 ガイドライン作成委員会委員長で、埼玉医科大学総合医療センター・放射線腫瘍科の高橋健夫教授に聞く。

「世界でハイパーサーミアは様々な種類のがん治療に使われており、副作用も軽度なのですが、日本では普及していませんでした。その理由の一つとして、今まで診療ガイドラインがなく、医師がエビデンスに基づくがん治療を行なう上で、ハイパーサーミアは使いにくいという先入観があったと考えられます。そこで11種類のがんに対し、各専門の医師の方々に、科学的データに基づいたハイパーサーミアのエビデンスレベルと推奨度を示していただきました」

ハイパーサーミアの機器

ハイパーサーミアの機器

 治療は患者が専用機器の中で横になり、病巣のある場所付近に器具を設置し、体表の表と裏から腫瘍の場所に電磁波を当てて加温する。体の深い場所の病巣には波長の長いラジオ波で加温し、体表に近い場合にはマイクロ波を使う。

 ただ43℃以上になると患者が苦痛を感じることがあるだけでなく、腫瘍内の温度を正確に測定するのが難しい技術的な問題もある。それでも肉腫のように放射線治療抵抗性のがんや、がん細胞が低酸素になり、放射線が効きにくいがんにはハイパーサーミアが効果を発揮するという。

「私の専門である放射線治療は、この10年で機器が飛躍的に進歩しました。放射線線量の細かい調整が可能になり、現在はピンポイントで必要な場所に照射できるようになっています。その点、ハイパーサーミアは機器の改良が遅く、普及にはそれらの進歩も欠かせません」(高橋教授)

 今回のガイドラインには分子標的治療薬などを含む、新しい治療薬との併用試験の結果が反映されておらず、今後は臨床試験の実施を積み上げ、より科学的根拠を高めていく実績が求められている。

取材・構成/岩城レイ子

※週刊ポスト2023年7月14日号

高橋健夫/埼玉医科大学総合医療センター・放射線腫瘍科教授

高橋健夫/埼玉医科大学総合医療センター・放射線腫瘍科教授