「世界一アルツハイマー病に罹りやすい日本人」予防が重要なのに医療保険制度がそれを認めぬ不都合な真実他の病気と違い「調子が悪くなったら病院に行けば良い」では遅い

日本におけるアルツハイマー型認知症は認知症患者の半数を占め、今後も増加の一途をたどることは必至だ。糖尿病専門医の牧田善二さんは「アルツハイマー病の発症メカニズムは、糖尿病とそっくりで、予備軍が多い。また現状、アルツハイマー病を発症してから治す方法はなく予防が重要ですが、発症前の段階での治療は今日の日本の医療保険制度ではできません」という――。

※本稿は、牧野善二『糖尿病専門医だから知っている アルツハイマー病にならない習慣』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。

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世界一、アルツハイマー病に罹りやすい日本人

日本人は世界一、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)に罹りやすい国民と言えます。

※アルツハイマー型認知症は認知症の半分以上を占める。

理由の1つは、日本人の寿命が長いことにあります。アミロイドβは、アルツハイマー病の症状が現れる20年くらい前から少しずつ脳に蓄積していることがわかっています。

たとえば、60歳頃から蓄積が進んでいっても、70代で亡くなるとすればアルツハイマー病に悩まされることはないかもしれません。でも、90代まで生きることができたらどうでしょう。発症してしまう可能性は大きくなります。

長寿は嬉しいことだけれど、それだけ「老化」の問題とも戦っていかねばならず、当然ながら脳の老化にも襲われるわけです。

もう1つ、とても重要なのが、日本には糖尿病患者が多いということです。糖尿病とアルツハイマー病は切っても切れない関係にあるのです。

現在日本には、1000万人を超える糖尿病患者がおり、さらに、糖尿病予備軍が1370万人いるとされています。糖尿病には、生まれつきインスリンが分泌されない「1型糖尿病」と、長年の生活習慣によって引き起こされる「2型糖尿病」があり、日本人患者のおよそ95%は2型糖尿病に罹患しています。

そして、驚くことにアルツハイマー病の発症メカニズムは、2型糖尿病とそっくりなのです。

そのため、アルツハイマー病を「糖尿病性認知症」と呼ぶべきだという意見も出ているほどで、実際に「3型糖尿病」と表現する医療関係者もいます。

発症メカニズムがそっくりなのだから、2型糖尿病の人やその予備軍にある人はアルツハイマー病も発症しやすくなると言えます。

糖尿病は日本を含めアジア圏でとくに増えており、それはアルツハイマー病の増加パターンとも一致します。

要するに、糖尿病患者やその予備軍が多くて、これからますます高齢社会を迎える日本は、アルツハイマー病大国となっていく可能性が大きいということです。このことについて、私は相当な危機感を抱いています。

誰でも罹る、若くても罹る

認知症の中でも、レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症などは男性に多い傾向があります。逆に、アルツハイマー病は女性のほうが男性より2.5倍も多いことがわかっています。

そこには、ホルモンのはたらきが関わっています。

エストロゲンという女性ホルモンは、あらゆる病気から女性を守っています。閉経前の女性に心筋梗塞など血管性疾患が少ないのも、エストロゲンのおかげです。エストロゲンは、脳にも良いはたらきをしてアルツハイマー病の予防に役立っています。

ところが、閉経するとエストロゲンの分泌がなくなってしまうため、アルツハイマー病のリスクが高まってしまうのです。

一方、男性はどうでしょう。男性ホルモンであるテストステロンが、アロマターゼという酵素によってエストロゲンに換えられる仕組みが男性の身体には備わっています。

そして、男性の場合、年齢とともにテストステロンの分泌は減ってくるものの、すっかりなくなったりはしないので、エストロゲンもそれなりにつくられます。

女性も、閉経後しばらくは副腎から男性ホルモンのテストステロンがわずかに分泌され、それによりエストロゲンをつくることができてはいます。しかし、70歳を迎える頃には、テストステロンの分泌もなくなってしまいます。

こうしたことから、アルツハイマー病は女性が多いのです。

MRI脳画像

とはいえ、男性のアルツハイマー病患者もたくさんいるので、ゆめゆめ油断してはいけません。とくに、糖尿病を患っていたり、その予備軍であるなら要注意です。

また、若いからといって安心はできません。

最初に発見されたドイツの患者さんはまだ51歳でした。現在、65歳以下で発症した認知症は「若年性認知症」と呼ばれ、日本には約3万6700人の患者がいると推計されています。そのうち、「若年性アルツハイマー病」が52.6%と半分以上を占めています。

若年性アルツハイマー病は、20代で発症する例もあり、患者の多くが40~50代の働き盛りです。アルツハイマー病について、自分は例外だと油断していられる人などいないのです。

「グレーゾーン」と呼ばれる軽度認知障害

アルツハイマー病に限らず認知症全般について、「軽度認知障害」というグレーゾーンの段階があることがわかっています。

軽度認知障害は、専門家の間ではMCI(mild cognitive impairment)と呼ばれており、いわば認知症予備軍と考えることができます。日本には現在、400万人ものMCI該当者がいるとされ、それは65歳以上の高齢者人口の13%にも相当します。

MCIは、そのまま放置すれば約半数の人が認知症を発症すると考えられている一方で、この段階で適切な予防治療を行なうことができれば、発症を防いだり遅らせたりすることも可能だとわかっています。MCIは、図表1にあるような分類がなされています。

【図表】MCI(軽度認知障害)区分型

まず記憶障害があるかないかで、「健忘型」「非健忘型」に分かれ、さらに、記憶障害のみに留まっているか、空間機能、言語機能、実行機能などほかの機能にも低下が見られるかによって「単一領域」「多重領域」に分かれます。

それらの組み合わせで、「健忘型・単一領域」「健忘型・多重領域」「非健忘型・単一領域」「非健忘型・多重領域」の4つのタイプに区別されます。

2013年にオーストラリアの研究チームがMCIの人たちを2年間追跡調査した結果、それぞれのタイプによって図表2にあるような推移が見られたそうです。

【図表】2年間の追跡調査による認知症移行率の違い

ほかにも、さまざまな研究において、似たような数字が報告されています。

日本神経学会の「認知症疾患診療ガイドライン2017」によれば、健常者がMCIを経て、軽度認知症、中度認知症、重度認知症と進んでいく過程の中で、MCIと診断された段階で適切な予防治療を行なえば、16~41%の人が健常者ゾーンに戻っていくことが示されています。

とにもかくにも、アルツハイマー病を発症する前の対策が非常に重要だということがわかるでしょう。

アルツハイマー病はとにかく予防がすべて

私たちが明らかにアルツハイマー病と診断されれば、精神科や脳神経内科などで治療を受けることになります。そして、薬が処方されます。しかし、その薬でアルツハイマー病を治すことはできません。エーザイが開発した「レカネマブ」という薬が注目されていますが、まだまだ効果のほどはわかっていません。

今のところ、アルツハイマー病を発症してから治す方法は1つもありません。進行を止める方法もありません。予防がすべてです。要するに、本来であれば、水面下でじわじわ進んでいる発症前の段階でこそ治療が必要なのに、今日の日本の医療保険制度ではそれができないのが現状なのです。

牧田善二『アルツハイマー病にならない習慣』(フォレスト出版)

牧田善二『糖尿病専門医だから知っている アルツハイマー病にならない習慣』(フォレスト出版)

このように、アルツハイマー病に関して、私たちを根本的に救ってくれる「医療」は存在しません。私たちは、自分で予防行動に出るしかないのです。

アメリカの場合、医療を受けるのにはとてもお金がかかるので、日本のように「調子が悪くなったら病院に行けば良い」というわけにはいきません。その分、「病気にならないように」という予防意識を強く持っています。しかし、普段から手厚い医療保険制度に守られてきた日本人は、それが苦手だと言って良いでしょう。

風邪でも腹痛でも躊躇ちゅうちょなく病院に掛かることができる日本人は恵まれていますが、こと、アルツハイマー病に関しては例外と考えましょう。アルツハイマー病は、ほかの病気と違います。「調子が悪くなったら病院に行けば良い」では遅いのです。