世界一の半導体企業が熊本を選んだ「2つの理由」

バブル崩壊以降、最高値をつけた株価、相次ぐ世界の半導体大手の国内進出。コロナ明けで戻ってきた外国人観光客。なんとなく明るい兆しも見えている日本経済。じつはその背景には、日本を過去30年間苦しめてきたポスト冷戦時代からの大転換がある。いま日本を取り巻く状況は劇的に好転している。この千載一遇のチャンスを生かせるのか。

商社マン、内閣調査室などで経済分析の専門家として50年にわたり活躍、国内外にも知己が多い著者が、ポスト冷戦期から新冷戦時代の大変化と日本復活を示した話題書『新冷戦の勝者になるのは日本』を抜粋してお届けする。第1回は、2023年の日本で起こっていることをレポ―トする。


新冷戦の勝者になるのは日本(講談社)

熊本が日本のシリコンバレーに

2023年1月、熊本の中小企業団体が主催する新春セミナー講演に出かけるため、羽田空港の搭乗ゲートで待機していると、知人のメガバンク常務から「熊本に行かれるのなら、熊本はTSMC(台湾積体電路製造)進出を象徴として、極めて活気があると聞いていますので、よく見てきて下さい」というメールが届いた。

確かに米中半導体戦争の真っ只中、台湾TSMCの熊本半導体工場建設はまさに国内外の関心を呼ぶホットな話題であり、地元の反応を肌で感じる良い機会だと思い、期待を膨らませながら熊本に向かった。

熊本県庁や各市役所の幹部、地元財界人が一堂に会した会場はTSMCの話題で持ちきりで、想像以上に熱気の高まりを感じた。

耳に飛び込んでくるのは「TSMCの熊本進出は出発点に過ぎない」「熊本の産業立地基盤の優位性から海外企業の直接投資は飛躍的に増加していくだろう」「熊本は今後、先端テクノロジー・センターとして、日本のシリコンバレー(九州シリコン・アイランド)の役割を果たすことになる」といった活気溢れるものだった。

ちょうど講演の中身が新冷戦で世界経済が大きく変わり、民主国家連合によるフレンド・ショアリングが構築され、その一角を日本が担うというものだったので、思いが通じるところがあったのだろう。

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photo by gettyimages

半導体メーカーには主に設計等を担い工場を持たない「ファブレス企業」と製造を担うために工場を持つ「ファウンドリー(受託生産)企業」があるが、TSMCは後者にあたる。1987年に台湾で創業され、従業員は世界で約6万人、売上高は約10兆円、時価総額は56兆円でトヨタの約1.8倍という世界トップクラスの半導体メーカーである。

そのTSMCは2021年に日本への工場進出を決定、熊本県菊陽町では24年12月の出荷開始に向けて工場建設が進んでいる。こうした需要増加を見越して、半導体製造装置など関連の国内企業が熊本で新たな工場建設、設備を増強しており、TSMCが呼び水となって国内設備投資が活発化する好循環が見られるようになっている。

熊本が選ばれた2つの理由

進出先として熊本が選ばれた理由として、第1にクリーンな水資源の豊富なことがあげられる。熊本市の東にそびえる「火の国」の象徴である活火山阿蘇を源流とする水は、白川の流れとなって熊本市を通って有明海に注ぐ一方、地下水は熊本市の水道資源を100%賄うほどの豊富さを誇っている。

これはNHK「ブラタモリ」で「水の国・熊本」として取り上げられたことでも知られている。半導体の製造には洗浄に使う豊富な水が必要であり、熊本は最適な水資源に恵まれた土地である。

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第2の理由として、九州には半導体関連メーカーが多数存在し、熊本のTSMC工場との連携が大いに期待できることだ。

TSMCと共同で熊本工場を立ち上げるソニーも熊本に自社の半導体工場を持ち、TSMC進出に合わせて半導体新工場を建設することを検討しているようだ。第3は阿蘇の外輪山の麓から西に広がる広大な熊本平野の存在である。半導体工場など産業クラスター(集団)を受け入れるのに適した土地であり、物流という視点ではその中心に熊本空港が位置しているなど好条件が揃っている。ちなみにTSMC工場建設中の菊陽町は熊本空港からわずか3キロしか離れていない。

直接投資の波が日本へ

TSMCの工場建設が起爆剤となって、国内投資が活発化するのはひとつのモデルケースであり、TSMCのように日本に進出する海外企業が増えていけば、日本経済の復活に大いに貢献することが期待される。

これまで直接投資と言えば、日本から中国やASEAN諸国への工場進出、すなわち資本流出による日本経済の産業空洞化という負のイメージが強かったし、特に地方の企業城下町の衰退は目を覆うばかりであった。

ところが、TSMCの事例はこれまでと正反対の資本の流入であり、日本経済の周りでダイナミックな潮流変化が起きていることを予感させる。

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単に水資源が豊富だ、国内関連メーカーが多いというだけでは説明しきれないものがあり、それは米中対立によりポスト冷戦が終焉を迎え、新冷戦に世界が移行していることと大いに関連がありそうだ。熊本で起きていることが新冷戦の世界とつながっているのは間違いない。


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中島精也(なかじま せいや)
1947年、熊本県生まれ。横浜国立大学経済学部を卒業後、伊藤忠商事に入社、調査情報部へ配属。76年、日本経済研究センター出向。87年伊藤忠商事為替証券部へ異動。94年、ifo経済研究所客員研究員(ドイツ・ミュンヘン駐在)。2006年、伊藤忠商事秘書部丹羽会長付チーフエコノミスト(経済財政諮問会議担当)。15年より丹羽連絡事務所チーフエコノミスト。18年、福井県立大学客員教授。これまで九州大学大学院非常勤講師、長崎大学非常勤講師、関東学院大学非常勤教師を歴任。鳩山総理のエコノミスト懇談会、内閣情報調査室国際金融研究会、中央大学国際金融研究会、PHPグローバル・リスク分析プロジェクトにメンバーとして参加。著書に『傍若無人なアメリカ経済』(角川新書)、『グローバルエコノミーの潮流』(シグマベイスキャピタル社)、『アジア通貨危機の経済学』(東洋経済新報社、編著)。寄稿は『国際金融』(外国為替貿易研究会)、『眼光紙背』(日経産業新聞)、『時事経済情報』(福井県立大学地域経済研究所)、『世界経済評論IMPACT』(国際貿易投資研究所)、などがある。