手術しなくてもメスのネコの避妊ができる注射が開発される、野良ネコの殺処分減少に期待

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望まない妊娠、出産の予防や性ホルモンに関連する病気の予防のために、ペットに対して不妊治療が施される場合があります。不妊治療の際には、卵巣と子宮を外科的手術によって取り除く不妊手術が広く行われていますが、子宮や卵管の働きを抑制するホルモンをメスのネコに注射するという、従来の不妊手術に代わる安全で効果的な方法をマサチューセッツ総合病院の研究チームらが発明しました。
Durable contraception in the female domestic cat using viral-vectored delivery of a feline anti-Müllerian hormone transgene | Nature Communications
http://dx.doi.org/10.1038/s41467-023-38721-0

Gene therapy produces long-term contraception in female domestic cats: The study’s findings offer a potential alternative to surgical spaying — ScienceDaily
https://www.sciencedaily.com/releases/2023/06/230606111636.htm

Birth Control for Cats? Gene Therapy May Offer a Method – The New York Times
https://www.nytimes.com/2023/06/06/science/cats-birth-control.html
人間がペットとしてネコを飼育している場合、不妊手術を行うことは比較的容易ですが、野良ネコの場合、不妊手術を行う際には地域コミュニティなどによる活動が必要不可欠です。しかし、地域の野良ネコすべてに不妊手術を行う際には膨大なコストや時間がかかります。また、不妊手術を受けていない野良ネコを放置すると、野良ネコの個体数を管理することが難しくなるという問題もあります。

野良ネコの個体数が増加すると、フンや尿による環境の悪化や、ネコと車の衝突事故の発生件数の増加などが起こり得ます。現状増えすぎた野良ネコの対処には殺処分といった方法が用いられ、倫理的な面から問題になっています。
シンシナティ動植物園の動物研究ディレクターであるウィリアム・スワンソン氏は「コストや時間がかかる従来の不妊手術の代替手段の考案は、何十年にもわたって多くの研究者によって行われてきましたが、不妊手術よりも効果的である方法はいまだに見つかっていません」と述べています。
しかし、マサチューセッツ総合病院のダヴィッド・ペパン氏らの研究チームは、メスの体内にあるミュラー管から形成される「抗ミュラー管ホルモン」(AMH)と呼ばれる、子宮や卵管などの働きを抑制するホルモンに着目して、AMHのレベルを特定のしきい値を超えて上げると、卵巣と卵胞の成長が抑制されることを発見しました。卵巣や卵胞の成長を抑制すると、排卵や受胎のプロセスを効果的に防ぐことができるとされています。

研究チームは、メスのネコのAMHレベルを上げるために、アデノ随伴ウイルスと呼ばれる新たな遺伝子の導入の役割を持つ安全なウイルスからなる遺伝子治療用ベクターを作成しました。
遺伝子治療用ペクターを注射することで、筋細胞に入る遺伝子を送達し、本来卵巣だけ産生されるAMHを筋細胞でも産生することが可能になります。ペパン氏によると、筋細胞でもAMHを産生することで、体内のAMHの全体的なレベルが通常の約100倍に上昇するとのこと。
また、筋細胞は基本的に生涯にわたって死滅することはないため、注射によって導入されたAMHを産生する遺伝子は、一生続く可能性があることが推測されています。
研究チームは、遺伝子治療用ペクターを注射した6匹のメスのネコと、注射を行わなかった3匹のメスのネコを比較しました。
2年にわたる観察の結果、注射を受けなかった3匹のネコはすべて子どもを出産しました。一方で遺伝子治療用ペクターを注射したネコのうち1匹は合計9回にも及ぶ交尾を行いましたが、結果は6匹とも出産することはありませんでした。また、注射を受けたすべてのメスのネコに注射による副作用は現れなかったことが報告されています。

獣医師のフィリップ・ゴダン氏は「注射から2年以上立ってもメスのネコのAMHレベルは高い状態を維持しており、AMHレベルを上昇させる注射を打つことで妊娠の可能性は長期間にわたって低下しているようです」と述べています。
また、スワンソン氏は「さらに多くのネコを対象とした大規模な研究を行い、注射による避妊治療が長期的に持続することが確認できた場合、獣医師はネコの不妊手術のための外科的な専門知識が必要なくなるかもしれません」と語っています。
一方でペパン氏は「この技術は時代を少し先取りしすぎているかもしれません」と述べ、無数に存在する野良ネコの避妊治療を行うだけの十分な量の注射を生産するために必要なインフラストラクチャが開発されていないことを明かしています。しかし「この注射を製造する能力が向上した場合、野良ネコを捕獲して注射することで、ネコの合計個体数を制御することが可能になるかもしれません」と述べています。
しかしThe NewYork Timesは「野良ネコに注射を受けさせるためにはまずネコを捕獲する必要がありますが、ワナなどを回避することが得意なネコの存在は、個体数の管理を難しくする可能性があるという問題があります」と指摘しています。
それでも、研究チームは注射の効果を高め、コストパフォーマンスに優れた方法にすべくさらなる遺伝子の改良や送達方法の調整を行っています。