中国がGDPで米国を上回ることは、もうない? 習近平体制下での栄枯盛衰

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今後の展開次第では、中国の不動産デベロッパーや地方政府の債務懸念が高まり、世界の金融市場に動揺が走る恐れもあるだろう(写真はイメージです) Photo:PIXTA

一部では、「2029年に中国のGDPが米国を上回る」との予想があったが、足元の経済状況を考えると、実現の可能性はかなり低下しているとみられる。それは、毛沢東の時代から現在の習近平国家主席まで共産党の政策と経済の動向を振り返れば明らかだ。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)

中国のGDPが米国を上回ることは、ない…?

 2023年1月にゼロコロナ政策が終了して以降、中国経済の回復のペースは大方の予想を下回りつつある。輸入や、国内の不動産投資は停滞気味で推移している。また、16~24歳の若年層を中心に雇用や所得の不安定感も高まっている。そのため内需の回復ペースは弱い。これまでの高度経済成長期は終焉(しゅうえん)を迎えつつある。

 一部では、「2029年に中国のGDPが米国を上回る」との予想があったが、足元の経済状況を考えると、それが実現する可能性はかなり低下しているとみられる。その要因の一つとして、共産党政権が改革開放による成長促進よりも、権力基盤強化をより重視し始めたことは見逃せない。生産年齢人口の減少、経済格差などの問題、台湾問題や半導体などでの米中対立の先鋭化も、中国経済の先行き不透明感を高めている。

 中長期的に、中国経済は停滞気味に推移する可能性が高まっている。今後、値ごろ感から一時的に中国株を買う投資家も出るだろうが、直接投資が増加基調で推移することは予想しにくい。

 労働コストの上昇や地政学リスクを背景に、中国からASEAN諸国やインドなどへの生産移転が加速しそうだ。また、今後の展開次第では、中国の不動産デベロッパーや地方政府の債務懸念が高まり、世界の金融市場に動揺が走る恐れもあるだろう。

こうして中国経済は成長した~政策を振り返る~

 振り返ると1978年12月の中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議にて、共産党は主要任務を「階級闘争」から「社会主義の現代化」に変更した。毛沢東時代に政治を優先し、経済の優先順位を下げた結果、「大躍進」政策の失敗や「文化大革命」が起き、経済は停滞した。

 その後、鄧小平の指揮で、深センなどに経済特区が設けられ、海外企業から国営・国有企業への製造技術移転は進み、工業化が加速した。ITや通信、不動産などの分野で民間企業の設立も認可された。

 こうして共産党政権は「改革開放」を進めた。また、党の権能に基づいた経済運営体制が維持された。徐々に、国営企業の分割や民営化など市場原理を取り入れ、経済運営の効率性を高めた。改革開放政策は、多くの人に党の経済政策に対する信頼感を植えつけた。

 1989年、「天安門事件」が発生した時、日米欧の経済の専門家は「中国の民主化は一気に進み、一党独裁から民主主義、資本主義経済への転換が加速する」と予想した。しかし、当初の予想と異なり、共産党の一党独裁体制は今なお続くことになった。

 90年11月、株式市場は再開された。共産党の指揮による成長分野へのヒト・モノ・カネの再配分はさらに強化された。天安門事件後、中国の実質GDP成長率は年率10%を上回ることが増えた。

 そうして多くの人が、民主化よりも党の経済政策のほうが、豊かな暮らしを送る最善策と考えるようになった。天安門事件以後、人口増加による消費増加などのベネフィットを獲得するため、海外からの直接投資は増えた。中国経済の工業化は加速し、「世界の工場」としての地位を確立した。

 90年代後半にはアリババやテンセントなど有力IT企業も起こり、雇用機会も増えた。リーマンショック後は投資による経済下支えが強化され、2010年に中国は、わが国を追い抜いて世界第2位の経済大国に成長した。

経済より政治を優先する習近平国家主席

 2012年、中国の最高意思決定権者の地位に就いた習近平国家主席は、改革開放推進による経済成長より、自らの支配基盤の強化を優先している。22年の党大会では、習氏の側近の多くが最高指導部である「政治局常務委員」に選出された。

 23年の全人代(全国人民代表大会)で、習氏の幼なじみであり経済テクノクラート(技術官僚)として高い評価を受けてきた劉鶴副首相(当時)は退任したものの、市民の反発にもかかわらず、上海のロックダウンを実行した李強氏が副首相に選出されたのは象徴的だった。経済より政治を優先する習氏の姿勢は鮮明に示されたといえる。

 今の中国で改革開放への機運は薄れつつある。22年、国有企業の平均年収は民間企業の1.89倍にまで増加した。国家統計局が調査を開始した08年以降で最大だ。一方、中国の生産者物価指数(PPI)は下落している。それは、在来分野を中心に過剰な生産能力、人員、債務を抱える「ゾンビ企業」が政策などで延命している証拠ともいえる。その結果、国有・国営企業の高い賃金が常態化しているとみられる。

 株価を見る限り、政府による規制が強化された主要IT企業のバイドゥ、アリババ、テンセント(3社はBATと呼ばれる)の成長期待は停滞している。また、20年8月の「三つのレッドライン」(大手企業に対する財務指針)、米欧での金融引き締めによって中国の不動産バブルは崩壊しつつある。

 特に、不動産デベロッパーの債務問題は深刻化している。土地の譲渡益の減少やゼロコロナ政策の経費増加によって地方政府の財政も悪化し、「融資平台」の信用リスクも高まっている。民間企業の成長期待が低下し、国有・国営企業が厚遇されるという状況は、改革開放とは対照的だ。

 近年まで、改革開放以降の高度経済成長の「貯金」に支えられてきた中国。しかし今、その貯金と経済成長を実現する余力はなくなりつつあるといえるだろう。

中国経済が世界の足を引っ張る恐れ

 現時点で、習政権の政策運営が経済優先に転換することは考えづらい。習氏が終身制の最高意思決定権者の地位を狙っているとの見方も増えている。

 他方、中国の最先端の製造技術は必ずしも十分ではない。戦略的物資として重要性が高まる半導体の製造などに関して、中国は高純度の半導体部材、製造や試験に用いられる装置、半導体製造の専門家を日米欧などに依存してきた。

 米国の対中半導体規制の強化によって、中国の半導体自給率向上は遅れるだろう。となると、中国が世界最大の経済大国に成長する可能性は低下する。中国内外でそうした警戒感が高まっている。

 現在、個人消費の持ち直しは緩慢だ。若年層の失業率は調査開始以来で最高の20.4%に上昇し、固定資産投資も停滞している。先行きの経済環境悪化を懸念し、支出を抑制する家計、企業は増えていると考えられる。

 金融市場では台湾問題など地政学リスクの高まりもあり、中国株や人民元を売る海外投資家が増えている。債務問題の深刻化も大きい。足元、共産党政権は、インフラ投資の積み増しで景気を下支えしようとしている。そのためには地方政府の財政支出増加が求められるのだが、ゼロコロナ政策のための支出増、土地譲渡益減少による歳入減によって地方政府の財政は悪化してもいる。

 不動産や地方政府で増加する不良債権を、どう処理するかも不透明だ。不良債権処理を進めると、企業の倒産が増え失業者は増加する。一時的な痛みを避けるために、共産党政権の政策対応が近視眼的なものに終始する可能性は高い。

 今後、米国やユーロ圏で金融引き締めが長期化する可能性は高い。一方、中国は緩和的な金融政策を続けざるを得ないだろう。

 世界的な景気後退懸念が高まると、中国の不動産分野などで信用リスクは上昇するだろう。状況によっては、中国から投資資金が流出し、世界経済と金融市場の足を引っ張る展開も想定される。