【インバウンドの罠】日本の観光は楽しむのも稼ぐのも外国人…大半の国民は恩恵どころか、観光公害のみという「ヤバすぎる事態」

世界的な物価高や円安の進行で、海外旅行はおろか、ささやかな楽しみである国内旅行ですら、ホテル代の高騰や大混雑に悩まされる日本人にとって、インバウンド政策は本当に歓迎すべきものなのか。

前編『「葬式を撮影」「舞妓さんの襟元に吸い殻」…全国に広がる悪夢の「インバウンド公害」に、京都人は「もう観光客は勘弁して」』に続き、インバウンド政策の弊害に迫る。

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擦り減っていく「京都の価値」

加熱するインバウンド需要の一方で、実は京都への日本人観光客はコロナ禍前から減少傾向だ。社会学者で観光政策に詳しい文教大学講師の中井治郎氏が言う。

「京都の観光客の総数は、ここ15年ほど年間5000万〜5500万人くらいで推移しており、近年は外国人の割合が増えてコロナ直前の2019年には観光客全体の約2割になりました。日本人観光客はその分、逆に減っているのです。

そして観光客の構成が変わったのと同時に、市民の苦情も増えていきました。インバウンド需要というのは、天から降って一方的に恵みをもたらしてくれるのではありません。観光資源は使えば消耗し、時にはその地域と摩擦を生んでしまいます。

日本人観光客の減少についても、本来、日本人は京都のどこに価値を見出していたのか。それは歴史的な街並みや伝統を継承する京都の人々の暮らしから感じる、厳かな風情や情緒など、お金には変えられない部分でしょう。

確かに、一握りの人には大きなお金は入るかもしれませんが、それと引き換えに、日本人にとっての京都の価値は擦り減っているのかもしれません」
「ホテル代も高いし、古都の風情はもうない。行かなくていいか」と感じているのであれば、それだけで実は日本人にとっては大きな損失なのかもしれない。気軽に行けて、古都の情緒を感じられる場所ではもうなくなりつつあるのか。

「国民レベルの恩恵」とは言い難い

「全てはバランスの問題です。海外から観光客が来て京都の伝統を知ってもらうこと自体は素晴らしいこと。しかし、あまりに数が多すぎると、調和が崩れて行政や民間の対応が行き届かず、時に軋轢を生んでしまいます。これでは日本の風情を体感したい外国人観光客にとってもマイナスでしょう」(中井氏)

そもそもインバウンド政策の目的は、訪日客の消費活動による経済効果を通じ、最終的に国民の所得向上への期待があるはず。しかし、コロナ直前までのインバウンド需要がもたらしてきた結果を見る限り、国民レベルでの恩恵に繋がっていたとは言い難い。

経産省によれば、コロナ禍直前である2019年の訪日外国人数は3188万人で、その消費額は4兆8000億円(日本人の同年の消費額は22兆円)としているが、2019年の名目GDPは約558兆円であり、全体から見ればわずか0.86%に過ぎない。

インバウンド需要による、二次的な生産やサービスの誘発を意味する「生産波及効果」も7兆7756億円で、同GDP比では1.3%に留まる。

これらの経済効果で、実際に日本人が豊かになったのだろうか。

観光産業の賃金も上がっていない

実は、訪日外国人の数がピークだった2019年は名目、実質ともそれぞれ前年比0.3%、0.9%のマイナス。訪日客1000万人を突破した2013年以降も、実質賃金のダウントレンドは今日まで続いており、少なくとも大多数の国民にとって、インバウンド需要が、経済的な恩恵に繋がっていたとは言い難い状況だ。

それでも、観光産業の労働環境が改善していれば救いだが、そうもなっていない。

確かに「宿泊業・サービス業」の就業者は2013年の384万人から2019年には420万人と36万人増えている(23年は388万人、いずれも「労働力調査」総務省発表)ので、雇用の面では恩恵はあったと言える。

しかし、賃金については該当する「宿泊業、飲食サービス業」において、2015年を100とした「産業別賃金指数」(厚労省発表)は、2019年に96.8と減少している。観光産業に職歴の浅い労働者が流入してきた影響で、平均が押し下げられている面もあろうが、一方で既存の従事者の賃金上昇が十分でない裏返しとも言えるだろう。

しかも今やコロナ禍が明け、あらゆる業界が人手不足に陥っている。アルバイトやパートの時給は全業種で上昇傾向にあり、観光産業に多い接客業は時給を上げても応募が来ないことも多いという。限られた人材をあらゆる業種が奪い合っている状況なのだ。

それだけに、目下、コロナ禍からの反転が顕著な観光産業に人手が取られると、そのしわ寄せで建設業や介護、飲食業など、特に人手不足の業界の人件費が上昇し、結果的にあらゆるサービスの縮小や料金の値上がりという形で国民生活への悪影響も予想される。

インバウンドで恩恵があるのは、もはや関連業種の経営者だけ、と思いたくなるが、実はそれすらも怪しい。なぜなら、すでに中国をはじめとした外資によるホテルなど観光関連の事業や、不動産の買収が進んでいるからだ。

着々と進む外国資本による買収

最近でも2021年には、米投資ファンドの「ブラックストーン」が近鉄グループHDから京都駅徒歩2分で988室を誇る「都ホテル京都八条」など、8物件を約600億円で買い取った。2022年には、長崎のレジャー施設「ハウステンボス」を香港資本PAGが買収している。

シンガポールの政府系ファンドも、西武HDから「プリンスホテル」など31施設を買収すると発表。すでにこうした、観光産業への外資の進出は10年以上前から進んでおり、中国紙の「人民網日本語版」は2010年10月12日付けで、富士山周辺の32件の宿泊施設のうち17件が中国系の資本に置き換わったと報じている。儲けているのも少なからずは外国資本なのだ。

結局は、日本の観光資源を、外国人が楽しみ、外国人が儲け、関連業種に関わる限られた人には恩恵がある一方で、大半の日本人は不都合と不便だけを強いられる、という構図になりつつあるのではないか。前出の中井氏が説明する。

「よくテレビでは、『外国人旅行者で賑わっています!』という報道があり、あたかも国民全体が恩恵を受けるかのようにイメージする人もいるでしょう。

しかし、観光地の活気と、国民に恩恵があるかどうかは、全く別問題です。潤っているのは、あくまで外資を含めた観光業や一部の小売と飲食業のオーナーだけの話です。

それどころか、観光地の混雑やホテル代の高さのために、日本人が国内旅行を敬遠してしまうこと自体、機会損失の現れとも言えます。

政策として観光に頼るのであれば、地域への還元ということによほど気をつけていないと、『投資先』として資本力のある外資などが観光客の落とす『果実』を持っていき、地域には利益が十分に還元されない挙句、観光公害やマナー問題が降りかかってくるだけという事態になります。これは今、世界中の観光地でも起きていることです。

その上、観光業は外的要因にも左右されやすく、コロナ禍のようなパンデミックはもちろん、観光客の多い中国や韓国は日本との外交問題を抱えていて、急に観光客の往来が止まるという危うさもあります。地域であれ、国であれ、経済成長を観光産業に頼るのであれば、そのような脆弱性とどのように向き合うかも課題となります。

あまり認識されていないだけで、国民がストレスなく暮らすことができ、身近な国内で観光や飲食を楽しめる環境自体、実は大きな価値なのです」(中井氏)

インバウンドの果てに何が残るのか

官房長官時代に安倍元総理の指示でインバウンド政策を推し進めた菅義偉元首相は、「犯罪を恐れる法務省と警察庁がビザ緩和の拡大に反対していたが、法務大臣と国家公安委員長にお願いして10分で決めた」とweb番組の対談で語っている。

確かに犯罪検挙数は増えてはいないが、マナー問題や、混雑、物価高騰など、国民が被るインバウンド政策のデメリットの問題を果たして考慮していたのだろうか。

政府自民党は、「観光公害」が顕在化した2019年の2倍の水準にあたる「訪日客6000万人」を目標に掲げているが、それが実現したとき、この国には何が残っているだろうか。

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