生活保護は申請を受理してもらうまでのハードルが高くなっています。その背景には、生活保護の相談に訪れる人に申請自体の断念を促す行政の「水際作戦」があるといいます。10,000件以上の生活保護申請サポートを行ってきた特定行政書士の三木ひとみ氏が、著書『わたし生活保護を受けられますかー全国10,000件申請サポートの特定行政書士が事例で解説 申請から決定まで』(ペンコム)から実例をもとに解説します。
6割以上の相談者が申請に至らない
生活保護の申請は、申請書を出して受理してもらわないと始まりませんが、実際には受理までのハードルが高くなっています。
実際に統計データで見ていきましょう。
◆生活保護の申請が受理されれば、90%超が保護開始
たとえば、大阪市であれば、福祉局が所管する各種事務事業の統計資料として『福祉事業統計集』というものが公表されています。
大阪市:福祉事業統計集
令和2年(2020年)全体版では、過去5年分の年度ごとの生活保護申請件数や、そこからの生活保護開始件数が掲載されています。
そして、生活保護開始の世帯件数を、生活保護申請件数で割ると“保護開始率”とでも呼ぶべき数字が算出されます。
ちなみに大阪市の場合、令和2年度の数値で計算すると92.4%です。
なお日本全体での“生活保護開始率”を調べたい場合は、厚生労働省の下記ホームページから資料の閲覧が可能です。
厚生労働統計一覧>3.社会福祉>3.2生活保護>被保護者調査>調査の結果
◆相談から申請に至る「申請率」は?
次に、相談件数のうち、生活保護申請に至った人の割合を表す「申請率」を調べたいと思います。窓口での相談を母数とし、実際に申請された件数を割ったものです。
「申請率」を計算するために必要となるのは、生活保護の相談件数ですが、大阪市や厚労省では公開されていないので、今回は統計資料が公開されていた京都市のデータを元に計算をしてみたいと思います。
各区役所・支所生活福祉課における生活相談件数及び生活保護申請件数(令和4年4月分)
京都市での生活保護に関する令和3年の統計では、
生活保護相談件数 13,038
生活保護申請件数 4,093
計算をすると、
生活保護申請率 約31.4%
このような数値になります。生活保護相談から申請に移行する率がおよそ31%ほどとなっていることが数字上で分かります。これは京都市に限らず他市もほぼ同様の数値です(公開されていない場合は情報公開請求をすれば調べることができます)。
6割以上の生活保護相談者は、実際に役所に足を運んでも、生活保護申請に至っていないことが分かります。
本来なら調査に通る人も申請前に諦めてしまう現実
福祉事務所で生活保護の相談をした結果、多くの人が申請を諦めています。
当法人へも「福祉事務所に相談に行ったものの断られた」「生活保護の申請をさせてもらえなかった」という内容の問い合わせが数多くあります。
これらは生活保護の申請をした結果、調査により却下されたわけではなく、生活が困窮しているにもかかわらず、そもそも申請自体をさせてもらえていないケースがほとんどでした。
その後、正式に当事務所にて依頼を受け、申請書作成及び提出を行った結果、一度福祉事務所で断られていてもほとんどの場合、生活保護が開始決定しています。
本来ならば生活保護の調査に通るような人であっても、その前の段階で諦めてしまっているというのが現状なのです。なにしろ福祉事務所の相談者のうち6割以上の人が申請に進めていないわけですから。
「生活保護の水際作戦」という言葉が指す職員の対応
◆生活が困窮しているにもかかわらず、そもそも申請自体をさせてもらえていない
実際に申請をする前の段階でいかにも、
「生活保護を受けるのは無理なんだ」
「生活保護を受けるためにはたくさんのハードルがあるから今は無理」
と本人あるいは家族が受け止めてしまうような説明をしたり、単に対応した職員が若さや経験不足から来る不十分な説明しかできないために、相談者にきちんと必要かつ正確な内容が伝わらなかったりと、そのことによって自分たちのケースでは今は生活保護は無理だと相談者が思い込んで、断念してしまっているケースも多々あります。
世間でよく言われる“生活保護の水際作戦”とは、このあたりのことを指します。
すべての福祉事務所がこういった対応をしているわけではありません。
当事務所では全国の都道府県の福祉事務所と平日は毎日のように連絡をとっていますが、親身になって本当に申請者に寄り添ってくれるケースワーカー、職員も大勢います。
もちろん、生活保護の受給要件や基準を満たしていなくて、生活保護申請に進めない場合もあります。
申請書類をたくさん書いて、福祉事務所も時間をかけて調査をして、その結果、1カ月後に却下通知が来るということでは行政にとっても、相談者にとっても、無駄なことになってしまいます。
申請率が低い背景「水際作戦」とは
生活保護を申請したいと思って福祉事務所を訪れた人が申請を諦めて帰ってきてしまう、不親切な福祉事務所の窓口対応、いわゆる「水際作戦」。
実は私は行政書士になってから、生活保護決定した方からいただいたお手紙でこの言葉を知りました。
(https://seiho-navi.net/info/koe3/ より)
この度はありがとうございました。私は両親が亡くなり、その後に起こったさまざまな精神的苦痛により、人が怖くなり、働くことができず、貯金を切り崩して生きてきました。
しかしながら、そのような生活も限界が来てしまい、市役所に相談に行ったのですが、「若いからまだ働けるでしょう」と言われてしまい、私が「人が怖いんです」と今の精神状態を言ったのですが、対応職員の態度や対応は悪く、生活保護を受けることができませんでした。
途方にくれていたときに、三木先生に出会うことができました。
三木先生に出会ってからは職員の態度も変わり、水際作戦を取られることもなく、スムーズに申請することができました。その申請もスムーズに通りました。また、三木先生はいつでも相談に乗ってくださり、アドバイスもくださいました。
そのことにより精神的に本当に楽になり、安心して生活をすることが可能になりました。感謝してもしきれないほどです。本当にありがとうございました。
「水際作戦」が行われる理由
◆なぜ起きるのか
このお手紙の方は、行政書士の私に相談された時点で収入も資産も経済援助もなく、すでに生活保護の受給要件をすべて満たしていました。
ではなぜ、自分で最初に役所に行ったときに追い返されたのか、申請さえすれば生活保護を受けられたのに、それすらさせてもらえなかったのか。自身ではその理由は、若くて働けそうに見えたからだと思う、と話されていました。
この方は、他県から当事務所にお電話をくださり、同日来所、その場で行政書士が申請書を作成して翌日役所に提出しました。一度は門前払いをした同じ役所です。でも、お手紙に記載の通り、この申請は至ってスムーズで保護決定に至りました。
一般的に水際作戦と呼ばれる、福祉事務所での門前払いがなぜ起きてしまうのか、この背景理由を知っておくと、自身や家族、友人が、いざ生活保護が必要になったというときにスムーズに申請をする一助となるかもしれません。
◆日本国民が最低限度の生活を営む権利は憲法で保障
日本は三権分立の仕組みをとっているので、法律を定める「立法権」と、法律に沿って政策を実行する「行政権」、そして法律違反を罰する「司法権」は、別の機関がそれぞれ分担しています。
国のルールである法律を定めることができる唯一の立法機関、それは国民から直接選ばれた衆議院、参議院の政治家で構成されている国会です。
立法機関により定められた法令に基づいた行政の手続きに不合理な点があれば、それは司法権を持つ裁判所が判断します。
裁判官は、自らの良心に従って判断できますが、憲法と法律には拘束されます。
そして、あらゆる法律において最も優位にあるのが、憲法です。このように、日本国民が最低限度の生活を営む憲法第25条で保障される権利は、厳重に守られる仕組みが本来あるのです。
◆福祉事務所では、生活保護法令(ルール)と、生活保護の実施要領(指針)にのっとって
生活保護申請や保護受給後のことなどは、福祉事務所という行政機関や福祉事務所の職員の感情や私的判断ではなく、基本的に法令のルールによって細かく定められています。
これは法治国家の原理原則で、行政の活動や判断の内容は、国民自身が選んだ政治家が国会で作った法令によって規律されているわけです。
そして、水際作戦と呼ばれるような行政対応の根拠、背景には、次のような生活保護法令があります。
行政窓口で「不当な行政対応」を受けた場合の対処法
【生活保護法】
第4条 保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2 民法(明治29年法律第89号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
この生活保護法令を実際に生活保護行政の現場で、個々のケースによって適用する上での具体的な指針が、生活保護の実施要領です。
当事務所においてもこの実施要領は毎年新しいものを購入し、常備していますが、分厚い辞書のようなサイズの何百ページにも及ぶものです。
福祉事務所の職員は、この実施要領に従って適正に仕事をすることと法令で定められていますから、実際私が行政書士として生活保護の申請に同行した現場でも、対応する職員さんが『生活保護手帳』という実施要領や生活保護手帳別冊問答集を机に出して、調べながら対応する姿も幾度も目にしてきました。
◆納得できない説明には、理解できるまで根拠を聞く
行政窓口の一職員の判断だけで、法令により定められた調査義務を果たさないという判断をすることは難しく、また安易にそのような判断をすれば公平性に欠ける、それこそ不当な行政対応になり得るわけです。
納得できない説明が行政窓口でされた場合は、生活保護申請に限らず、
「根拠となる法令の条文を教えてください」
「なんという法律、あるいはいつの通達、具体的な箇所、文言も教えてください」
などと、国民の皆さんは、理解できるまで行政窓口で働く職員に聞くことができます。
◆真に困っている人を救済するのもまた、公正な行政のあるべき姿
生活保護費の原資が税金である以上、資産や収入、他者からの経済援助が実はあるのに、それを隠して保護費を受給しようとしている人ではないかどうか、これを見極め、真に困っている人を救済するのもまた、公正な行政のあるべき姿です。
あの福祉事務所は生活保護受給者が多い地域の管轄だから、調査がゆるいとか、厳しいとかそのようなうわさは気にしないで堂々と申請することです。
生活保護の適用要件や運用については、国が統一的な基準を設けているので、基準が地域によって異なるということはありません。
三木 ひとみ
行政書士法人ひとみ綜合法務事務所
特定行政書士