異次元緩和はもはや限界! 日本銀行と我が国に迫りくる巨大な危機

黒田東彦日銀総裁が2013年に始めた「量的・質的金融緩和」(通称「異次元緩和」)は今年で10年の節目を迎えます。前例のない金融緩和により、日本経済はデフレから脱却しつつありますが、その副作用は無視できないレベルに達しています。日銀が国債を「爆買い」し続けた結果、日銀のバランス・シートは肥大化し、わずか1%の金利引き上げが2年続くだけで債務超過に陥るような脆弱な財務体質になってしまいました。

中央銀行の金融政策や財政問題に精通したエコノミスト河村小百合氏(日本総合研究所調査部主席研究員)は、『日本銀行 我が国に迫る危機』(講談社現代新書)のなかで、「日銀は今や、我が国の先行きを大きく揺るがしかねない”リスクの塊”、”火の車”状態となりつつあります」と警告します。

一方で、リフレ派の経済学者や政治家は「日銀は政府の子会社なので、国債をどんなに買い入れても全く問題ない。満期が来たら、返さないで何回借り換えてもかまわない」などと、異次元緩和の危険性を憂慮する声を一笑に付してきましたが、これは本当に事実なのでしょうか。

河村氏が執筆した『日本銀行 我が国に迫る危機』は、客観的なデータをもとに、黒田日銀が10年にわたって漫然と続けた異次元緩和で、日銀がいかに巨大なリスクを背負い込むことになったのか、そして、こうしたリスクが顕在化した場合に、日本経済や私たちの生活にどのような影響をもたらすことになるのかを膨大なデータをもとに緻密に分析しています。徒に恐怖を煽ることなく、データを積み上げて詳細な分析を展開されているがゆえに、説得力があり、ジワジワと恐怖感が湧いてきます。私たちに迫りくる最悪の事態を回避するために、私たちは何ができるのでしょうか。(現代新書編集部)。

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岐路に立つ日銀の「異次元緩和」

10年目を迎える黒田日銀の「異次元緩和」が重大な岐路に立っています。2022年に入り、世界経済は高インフレ局面に入り、米国を始めとする主要中央銀行は、急激な物価高騰を抑え込むために、かつてなかったほどのハイ・ペースで政策金利を引き上げています。そうしたなかで、他の主要中央銀行とは全く異なるスタンスで金融政策運営を続けているのが日本銀行です。

我が国でも、消費者物価の前年比は、日銀が掲げてきた目標の前年比2%をあっさりと上回り、4%にまで上昇したにもかかわらず、日銀はあれこれと「理由」をつけて、今もなお「異次元緩和」政策を「死守」し続けています。

中央銀行にとって「物価の安定」は最大の責務であり、高インフレ局面に入った以上、さらなる物価上昇を招きかねない「異次元緩和」政策は軌道修正が必要です。しかしながら、日銀は、2022年12月20日の金融政策決定会合で、市場の意表を突く形で、10年国債金利の許容変動幅を、それまでの±0.25%から±0.50%に拡大したものの、黒田総裁は記者会見でこの決定を「利上げではない」と明言し、その後も、頑なに「異次元緩和」を維持しようとしています。日銀は、この0.50%の「防衛ライン」を死守するために、23年1月には23兆6902億円(単月としてはこの時点で過去最高)もの国債を買い入れて徹底抗戦しています。

本来であればインフレにブレーキをかけなければならない局面において、大量の国債買い入れを通じて、金融市場に大量のマネーを供給しているのですから、きわめて異例の対応です。譬えていうなら、インフレという炎に、これまで以上に大量のガソリンを注ぎ込んでいるのが、現在の日銀の金融政策です。他の先進国の中央銀行であれば、決してこのような金融政策は採用しないでしょう。

黒田日銀が異次元緩和に固執する理由

黒田日銀は、なぜ異次元緩和の継続にかくも執着しているのでしょうか。黒田日銀は、日本における現在の物価上昇は、輸入物価の上昇によるもので、賃金上昇を伴う内需主導型の本格的なものではなく、ここで利上げを行うと、回復基調にある景気を腰折れさせてしまうと説明していますが、本当にそうでしょうか。『日本銀行 我が国に迫る危機』の著者、河村小百合氏は、日銀には、こした表向きの理由とは別の深刻な理由があるはずだと分析しています。

「日銀関係者はこの本当の理由について、自分たちからは決して口にすることはありません。それは、どうでもよい問題だからではありません。それどころか、中央銀行として、また民間銀行と同じ「銀行」として、金融政策運営やそれ以外の業務運営を続けていくうえで決して看過するわけにはいかない重要な問題です。(中略)日銀関係者は、この「本当の理由」について世間で触れられたり問題視されることがないように、ひたすら国民に対して隠そうと、もしくは大した問題ではないとごまかそうとし続けているように私には見えます」(『日本銀行 我が国に迫る危機』より)

河村氏が考える「本当の理由」とは、日銀の財務事情が急激に悪化する瀬戸際に立たされていることです。

「日銀はこれまで、これほど大規模な異次元緩和を、これほどの長期間続けてきてしまった結果、ひとたび利上げ局面に入れば、中央銀行としての財務運営はたちどころに悪化し、赤字に転落するのが確実な状態にすでに陥っているのです。しかもその状態が数年続くだけで日銀は債務超過に転落するうえ、数十兆円単位、場合によってはそれ以上の相当に大幅な債務超過状態が、数年とか10年という程度の期間では済まず、数十年単位で長期化する可能性すらあるのです。一国の中央銀行がそうした状態に陥る、ということはその国の通貨が信認を失うこと、言い換えればその国自体が、世界の他の国々から、経済取引を行う相手として信用されなくなるであろうことを意味します」(同書より)。

愕然とするほど肥大化した日銀のバランスシート

日銀が、利回りが固定されていて一般的に安全性が高いといわれている国債を買い入れて、なぜ債務超過になるのか疑問に思われるかもしれません。その理由は、2枚の日銀のバランス・シートを見れば一目瞭然です。

図表1は、2005年の最初の「量的緩和」政策末期(当時の日銀総裁は福井俊彦氏)の日銀のバランス・シートと、2022年9月末(当時の日銀総裁は黒田東彦氏)のバランス・シートを比較したものです。後者のバランス・シートが異様なまでに巨大になっています。

日銀が保有する国債は、2005年の5.52倍に膨らみ、しかも大部分を長期国債が占めています。同じ量的緩和とはいえ、黒田日銀による「異次元緩和」はまさに「異次元」の名にふさわしいものであることがわかります。

ここで注目していきたいのが、右側のバランス・シートにある493兆円もの「日銀当座預金」です。この当座預金には、金融機関がいったん国から引き受けた国債を日銀に売却した代金が積もりに積もったものです。

私たちはその存在を意識することはありませんが、発行銀行券の4倍に相当する、500兆円近い途方もないマネーが日銀当座預金に滞留しているというのだから驚きます。

日銀が債務超過に陥りかねない異次元緩和の「出口」

かつては中央銀行の当座預金には利子がつかないのが原則で、いくら預金額が膨らんでも日銀の財務が傷つくことはありませんでした。しかし、異次元緩和が終了する「出口」においては、事情が変わってきます。

詳しい理由は『日本銀行 我が国に迫る危機』をご参照いただきたいのですが、日銀が「異次元緩和」を手仕舞いして、金融引き締めに向かう段階では、この500兆円近い当座預金に利子(付利といいます)をつけ、引き上げていく必要があります。この付利は、当然ですが、日本銀行の持ち出しになります。

日銀が保有している国債についている表面金利(クーポン)が高ければその利息収入で、負債サイドの当座預金への付利を賄うことができます。「ところが、日銀はこれまで長らく超低金利の国債を買い入れ続けてきたうえ、2016年からは10年国債金利をゼロ%近辺に抑えつけるイールド・カーブ・コントロールという金融政策をやってきた結果、日銀自身が買い入れた国債についている利回りの加重平均も低下する一方で、2022年9月末時点ではわずか0.221%しかありません。国債以外の買い入れ資産も含めた運用資産全体でみても0.190%しかありません。要するに、日銀が今後、短期金利をわずか0.2%に引き上げるだけで、日銀自身が「逆ざや」状態に陥ることを意味します。しかも現在の日銀の当座預金の規模は約500兆円あります。日銀が例えば短期の政策金利を1.2%に引き上げれば逆ざやの幅は1%ポイントになりますが、この逆ざやの幅が1ポイント開くごとに、年度当たり5兆円のコストが日銀にのしかかることになるのです」(同書より)。

すなわち、日銀は、政策金利を引き上げるとあっという間に債務超過に陥るため、それを恐れて必要な金利引き上げができなくなっているのです。このように日銀当座預金の金利をろくに引き上げられないような利回りの低い国債を大量に買い入れた時点で、 日銀は「ルビコン川」を渡ったと言えます。

日銀のバランス・シートをみると(図表2)、日銀の自己資本は、準備金や引当金を含めても11兆円強しかありません。日銀の赤字が年度当たり5兆円となれば、ほぼ2年で自己資本は食いつぶしてしまうことになります。

そうなれば、正真正銘の債務超過転落です。利上げで赤字となる期間が1年や2年で済む保証はどこにもありません。むしろ長期化する可能性の方が高く、ひとたび、債務超過にまで転落すれば、相当長期化する可能性も否定できません。

日銀はもはやインフレを止めることはできない

もちろん、日銀は政策金利を引き上げなければ、債務超過になることはありません。しかし、その代償として、インフレを止める手段を失うことになります。

金融政策を運営する上で、日銀が当座預金の金利を引き上げられないということは、中央銀行の使命である「物価安定」を達成する最も強力な武器を放棄するということを意味します。当座預金の金利が低いままだと、仮に今後景気が好転して企業や個人の資金需要が高まった場合、民間銀行はろくに金利がつかない日銀の当座預金にお金を預けたままではもうからないため、当座預金からお金を引き出し、どんどん企業等への貸出に回して稼ごうとします。

そうなれば世の中全体の経済活動はさらに過熱し、インフレは一段と進行してしまうことになるでしょう。それを食い止めるのが、日銀が当座預金につける付利です。かつては金利がつかなかった日銀の当座預金に利子がつけられるようになり、その付利水準が、民間銀行が企業等に貸出を行う際につく金利水準並みにまで引き上げられれば、民間銀行は日銀当座預金にそのまま預け続けてくれます。

ところが、日銀が債務超過を恐れて当座預金の金利(付利)を上げられないと、当座預金からの資金流出を止めることができないので、その結果、当座預金に積み重なった約500兆円のマネーが、逆回転するように市中にどんどん流れ込み、火事に風を吹き込むようにインフレをあおります。インフレを抑えるはずの中央銀行が、インフレの悪化に手をこまねいて見ていることしかできなくなるのです。

今の日銀は、2%の物価目標達成と景気回復をめざしながら、実際にそれが起きてしまうと、対処しきれないという矛盾をはらんだ政策を実施しています。

世界が固唾を呑んで見守る異次元緩和の出口

さらに、黒田日銀は、10年国債金利0.50%の「防衛ライン」を死守するために、将来、莫大な損失が発生するリスクのある国債を爆買いして、これまで以上に市場に大量のマネーを供給する異例の金融政策を続けています。

欧米のヘッジファンドなどは「インフレを抑制しなければいけない局面にもかかわらず、インフレを加速するような非合理的な金融政策は長くは続けられない」と考えて、事あるごとに国債市場で強烈な空売りをしかけており、その防戦のために、日銀がさらに国債を買い増すという悪循環が続いています。

専門家のなかには「中央銀行である日銀は、民間銀行とは違って、一時的に債務超過に転落したからといって、すぐに元に戻るので、何の問題もない」と強弁する人もいます。しかし、日銀が短期の政策金利を物価上昇率並みの2%に引き上げるだけで、一時的どころか何十年も債務超過が続くことが複数の試算で明らかになっています。

債務超過を何十年も解消できないような中央銀行の通貨は、為替市場から信認を得られるはずもなく、こうした事実が広く知られるようになれば、為替市場において、円は大幅に売られることになるでしょう。そのような事態になれば、エネルギーや食料を輸入に頼っている我が国では、インフレの勢いが増して、日銀が物価を制御不能になる事態も考えられます。

前出の『日本銀行 我が国に迫る危機』で、河村氏はこう憂慮しています。

「日銀が異次元緩和を始め、漫然と続けてすでに約10年が過ぎました。確かに、今は何も起こってはいませんが、この先、日銀が利上げ局面に入れば間違いなく起こるのはこういう事態なのです。逆に、利上げに踏み切りさえしなければ、インフレの進行が放置されるリスクは高まりますが、日銀は赤字にも債務超過にもなりません。このことこそが、日銀が超金融緩和からの転換を頑なに拒み続ける本当の理由なのだろうと私は思います」。

しかし、無理に無理を重ねた異次元緩和を永遠に続けることはできません。黒田日銀を引き継くごとになる植田和男日銀総裁は、いずれ出口戦略を取らざるを得ないのです。その際にどのような事態が起きるのか、世界中の金融関係者は固唾を呑んで見守っています。

英国の経済誌『The Economist』の2022年11月5日号の巻頭の論説記事には、日銀の出口戦略について悲観的な予測が掲載されました。

「イールド・カーブ・コントロールからの無秩序な出口は、世界第3位の経済にとって、劇的な事態となるだろう」

「日本の経済政策は今や、グローバルな金融市場にとって罠であるようだ」

当局者たちがいかに口を閉ざそうとも、背後にはこうした深刻な問題が隠れていることを、私たちはきちんと認識しなければなりません。そして、日銀が異次元緩和をやめることのないできない「本当の理由」は、実はもう一つあります。これについては次回詳しく解説します。