中国はなぜ台湾統一の目標時期を明示しないのか。実は、優先順位は高くない

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3月11日、第14期全国人民代表大会(全人代)に出席中の習近平・中国国家主席。異例の3期目が始まった。

GREG BAKER/Pool via REUTERS

中国の習近平国家主席は3月10日、北京で開催された全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で3選され、名実ともに「一強体制」を確立した。

一方、米政権高官は、習氏が3期目の任期を終える2027年にも台湾侵攻の可能性があるとのシナリオを公表し、台湾有事を煽る。

習氏は「祖国の完全統一は必ず実現しなければならず、必ず実現できる」(第20回党大会、2022年10月)と統一に自信を示すものの、その具体的なスケジュールを公表したことはない。その理由と背景を探る。

「2027年侵攻説」の妥当性は…

中国が2027年に武力による台湾統一に動くという、いわゆる「27年侵攻説」としてよく知られるのは、デービッドソン元米インド太平洋軍司令官の議会証言(2021年3月)だ。

彼自身はその論拠を明らかにしていないが、日米メディアは、中国「建国の父」毛沢東も成し遂げられなかった歴史的任務を実現することで長期政権にふさわしい実績を上げようとする習氏の野心や、2027年が人民解放軍創設100年にあたることなどを指摘し、デービッドソン氏の説を補強してきた。

直近では、米国家情報長官室が3月8日に発表した報告書に、中国軍が「アメリカの介入を抑止できる軍事力を2027年までに整える目標に取り組んでいる」と明記し、やはり27年侵攻説を繰り返した。

2027年という具体性を持たせて台湾有事を煽るこうした警告の狙いは、侵攻の時期を特定すること自体にあるというより、「中国に台湾侵攻を自制させる効果」を計算に入れながら、中国の「戦闘意思と能力を探る」ことにあると解釈するのが妥当だと、筆者は考えている。

日本メディアがアメリカ側の示す(2027年侵攻という)シナリオをあたかも「合理的予測」であるかのように伝えるのは、台湾有事の切迫をデフォルメする「印象操作」に近いものがある。

台湾有事が現実のものになれば、日本も戦場化するのは避けられないというのに……。

中国にとって「台湾統一」の意味とは

前節の「2027年侵攻説」を含め、中国の台湾侵攻に関しさまざまな憶測が広がる理由の一つは、中国が台湾統一のスケジュール(時間表)を公表していないことにある。

なぜ中国は明示しないのか。それを理解するためには、中国にとっての台湾統一の意味を明確にする必要がある。

中華人民共和国建国(1949年10月)の大義は、日本をはじめ欧米列強の帝国主義によって侵略され、植民地支配を受け分断された国土を奪い返し、統一を回復することにある。「歴史の雪辱」と言い換えてもいい。

1972年、中国はアメリカと歴史的和解を達成。日本とも国交正常化し、「一つの中国」政策を両国に認めさせた。同政策の目的は、台湾統一の「正統性」を日米両国に受け入れさせることだった。

共産党が指導する中華人民共和国が建国された一方、アメリカは台湾に逃れた蒋介石の中華民国を国家承認し、「二つの中国」が生まれた。台湾問題は東西冷戦が生み出したものなのだ。

それから74年の月日が流れ、台湾は中国との統一どころか、今やアメリカ(+日本)と中国の鋭い対立のホットスポットになっている。

習近平氏にとっての「台湾統一」

そこで、台湾統一は習政権の国家戦略にとって、どんな地位を占めているのかを押さえておこう。

習氏は2017年10月の第19回共産党大会で、建国100年を迎える今世紀半ば(2049年)に、中国を「世界トップレベルの総合力と国際的影響力を持つ強国」にする戦略的目標を定めた。

この時に採択された新しい党規約には、中国人民の「三大任務」として(1)近代化建設の促進(2)祖国統一の完成(3)世界平和の維持と共同発展促進、が挙げられた。

そして、2022年の第20回党大会でも、国家戦略目標として2049年に「中華民族の偉大な復興」の実現が掲げられ、党規約には第19回大会と同じ表現で「三大任務」が書き込まれた。

この「三大任務」が提起されたのは初めてではない。

鄧小平氏は米中の国交が正常化した1979年の始め、(1)近代化建設(2)中米関係正常化(3)祖国統一の完成、を挙げた。

江沢民氏も党創立80周年を迎えた2001年に(1)近代化の推進(2)祖国の統一(3)世界平和の維持と共通発展の促進、を提起している。

鄧氏と江氏のいずれも、第一の任務として「近代化建設」を挙げていることに着目してほしい。

習氏も「世界トップレベルの強国」「中華民族の復興」という自ら定めた戦略的目標を達成する上で、やはり「近代化建設」という経済発展の最優先目標を提起した。鄧小平氏以来約40年間変わることのない共産党の「大局観」と言える。

大局観とは、最優先の目標を実現するためにその他の目標を従属的な位置付けとする、伝統的な思考法だ。

台湾統一はあくまで「近代化建設」に従属する目標であって、最優先の目標ではない。言い換えれば、中国は台湾統一を決して急いでいない(優先順位が劣る)ということになる。

台湾問題は米中対立の鋭い争点となっており、中国はバイデン米政権が「一つの中国」政策を“骨抜き”にしようと狙っているとみている。そのため、台湾統一を強調する機会が増え、中国側が統一を急いでいるように見える面もある。

「2049年までに台湾統一」の必要性

習氏は2019年1月、自身の台湾政策「習五項目」を発表し、その第一に「民族の復興を図り、平和統一の目標を実現」を挙げた。

筆者はこの発表直後、人民解放軍系の著名な台湾専門家に北京で話を聞く機会があった。

彼は次のように解説してくれた。

「(習五項目は)統一実現を中華民族の偉大な復興とはっきりリンクさせた。明確な時間表は提起していないが、相対的な時間表の意味は明瞭だ。統一を実現してこそ、真の民族復興が実現する。2049年以前に、論理的には統一を実現していなければならない」

台湾統一の「明確な」時間表とまでは言えないが、「論理的に整合する」時間表として、筆者が初めて耳にする分析だった。

しかし、中国指導部は依然として「明確な」時間表を提示していない。

台湾統一に動くための「3つの条件」

2000年に台湾で民主進歩党の陳水扁政権が誕生した後、中国では台湾統一の時間表を盛り込んだ「統一法」の上程が検討されているという情報が飛び交った。しかし、「統一法」は今に至るまで成立していない。

なぜか。それは、時間表を盛り込んだ統一法を成立させた途端、中国共産党は統一を実現しなければ任務を放棄したことになるからだ。台湾統一の時間表があるという“縛り”は、共産党指導部に計り知れないストレスをもたらす

台湾統一の「主体的・客観的条件が揃っていない」のに無理矢理進めれば、自滅の道を歩みかねない。

「条件が揃っていない」と言える具体例を3つ挙げておきたい。

第1に、軍用機と軍艦、中距離ミサイルの数で中国はアメリカを上回るが、総合的軍事力では依然として大きな開きがある。

全幅200キロにおよぶ台湾海峡の渡海と、山岳地帯の多い台湾本島の攻略は簡単ではない。平原の多いウクライナでロシア軍が苦戦しているように、地形は侮れない。

つまり、台湾本島を武力制圧する主体的条件はまだ揃っていないのだ。

鄧小平氏は「実事求是」(=事実の実証に基づき、物事の真理を追求する)を説いた。米中の実力差(これが鄧氏の言うところの「実事」)から考えて、米軍と直接対峙する台湾有事は、どうしても回避しなければならない。それは習指導部の本音のはずだ。

第2は、「統一支持」がわずか数%にすぎない台湾民意の存在。これは客観的条件だ。

民意に逆らって武力統一すれば、台湾は戦場になる。武力で抑え込んだとしても、国内に新たな分裂勢力を抱えるだけで、統一の果実は得られない

習氏の毎年恒例「新年の挨拶」をはじめ、中国のリーダーたちは2023年初めから「両岸は親しい家族」などと台湾民衆に向け温和なメッセージを発信。国民党訪中団を厚遇し、2024年1月に予定される台湾総統選での政権交代を意識した「和平攻勢」を展開している。

大陸と台湾の「融合発展を深化させて、平和統一の基礎固め」(習五項目の第四項)をするには、息の長い努力が必要だ。

2049年に台湾統一を実現するのがベターだとしても、その時に統一の主体的、客観的条件が揃っていなければ、統一実現は難しい。国内からは「武力統一」を求めるナショナリズムが強まるが、武力統一は「下策中の下策」。そのことは習氏もよく理解している。

第3に、武力行使に踏み切った場合、想定される国際的な反発と経済制裁はロシア・ウクライナ戦争の比ではないという客観的条件。

国際社会からの批判や経済制裁により、強国建設の柱と位置付けるグローバル経済圏「一帯一路」に赤信号が灯れば、一党支配が揺らぐ恐れが出る。自殺行為にも等しい状況に陥るのは何としても避けなければならない。

最後に、中国にとってプラスの客観的条件もあることを指摘しておきたい。

アメリカのトランプ政権誕生と3年におよぶコロナ禍によって、米一極支配と先進国中心の主要7カ国(G7)の衰退が加速し、中国を含めた新興国群「グローバルサウス」が、国際秩序形成で大きな役割を果たし始めた。

グローバルサウスの多くの国は、中国の主張する「一つの中国」政策と「内政不干渉」を支持している。帝国主義の植民地支配によって受けた傷が今日もなお癒えていないことが、中国と世界観を共有する基礎を形作っているためだ。

中国の仲介により、サウジアラビアとイランという宿敵同士の関係正常化が実現したのはその象徴と言える。習氏の3選に花が添えられた。