借金はなんとGDPの2.6倍…国債発行は是か非か? 着目すべきは日銀の「脱法」行為?

日本政府は多様なコロナ給付金を支給したり、防衛費の増強を決めたりしたが、これらの一部は国債発行で賄われている。2022年度末には普通国債の残高がGDPの2.6倍の規模となり、赤字大国でもとどまることなく国債発行額が膨張している。それを可能にした理由の1つに、日銀が行った異次元緩和やある制度が関係してくる。そもそも国債発行自体に問題はあるのか。日本の将来を左右するこの大きな問題について考える。

執筆:野口 悠紀雄

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国債発行は是か非か

財政収支の超重要な「2つのシナリオ」

 内閣府がまとめた財政収支試算「中長期の経済財政に関する試算」が、1月24日に公表された。これは、2032年までの国および地方公共団体の財政収支とマクロ経済の推移を示すものだ。
 一般的にあまり注目を集めることはないのだが、金融政策の転換が問題になっている今、重要な意味を持つ。ここには、「成長実現ケース」と「ベースラインケース」の2つのシナリオが示されている。

画像財政収支はどう推移する? 国債発行の問題点とは

(Photo/Getty Images)

 政策経費を債務に頼らずに賄えるか否かを示す「基礎的財政収支」は、成長実現ケースでは2026年度から黒字化する。しかしそこでは、実質経済成長率(実質GDP成長率)が2024、2025年度で2%、その後も2%近い値が続くという高成長を仮定している。
 より現実的な成長率想定(2025年度まで1%を超えるが1.5%未満。それ以降は1%未満)であるベースラインケースの場合には、2032年度になっても基礎的財政収支が黒字化することはない。

「財政状況は改善しない」と言えるワケ

普通国債の残高は2022年度末で1,000兆円を超え、GDPの2.6倍になった。これは、諸外国に比べて極めて高い水準だ。
 財政収支試算によると、名目GDPに対する公債等残高の比率は成長実現ケースの場合、2022年度の217%から徐々に低下し、2026年度以降は200%を下回ることになっている。しかしベースラインケースの場合、この比率は今後、2021年度の212.3%より低くなることはない。そして、2032年度には216.8%になる。
 このように、現実的な成長率想定の場合には財政状況が今後改善することはなく、むしろ悪化するのだ。
 「ドーマーの法則」というものがある。利子率が経済成長率より高ければ、国債残高の対GDP比は上昇し続けるというものだ。ベースラインケースでは、2029年度以降、名目利子率(名目長期金利)が名目GDP成長率以上になっている。だから、上記の結果は、まさにドーマーの法則のとおりだ。
 公債残高の累増は、もちろん問題だ。だが本当に問題なのは、残高の大きさや対GDP比率の高さそのものではなく、その残高に見合う価値の財政支出がなされたかどうかだ。

財政支出に価値はあったのか?

1月2日の本連載で述べたように、国内債であれば国全体で見たとき、貸し借りが相殺される。したがって、外債のように国全体としての債務が将来に持ち越されるわけではない。「国債は負担の先送りだ」と言われることが多いのだが、その考えは間違っている。
 しかし、そうであっても「国債の負担」という問題は発生する。国債の発行によってムダな支出が行われれば、将来の経済成長が阻害されるからだ。
 したがって、国債発行による財政資金の調達に歯止めをかける必要がある。このために、さまざまな制度が作られている。

「赤字国債が多すぎる」という大問題

 日本では第2次世界大戦直後のインフレーションによって、戦時国債の価値がほとんどゼロになってしまったという苦い経験がある。この経験を踏まえ、1947年に制定された「財政法」の第4条において、国債の発行を原則的として禁止した。そして、「建設国債」だけが認められることとした。
 これは、公共事業等の財源に限って国債の発行を認めるというものだ。公共事業は社会資本になる。そして社会資本は、将来の生産力を増強する。だから、その財源を国債の発行によって調達しても、国全体の生産力が落ちることはない。つまり、上で述べた意味での「国債の負担」は発生することはない、との考えに基づくものだ。
 ところが、この原則は赤字国債の発行を認めたことによって大きく修正された。赤字国債とは、公共事業以外の支出の財源として発行される国債だ。これは消費的支出に用いられるので、将来の生産力増強には寄与しない。だから、上で述べた意味での「国債の負担」が発生する可能性が強い。
 1965年度に初めて発行され、1975年にも石油危機への対処で発行された。そして、1994年度以降は、毎年度発行されている。
 現在の国債残高の比率を見ると、建設国債が約3割であるのに対して、赤字国債が約7割と圧倒的に多い。こうした事態は、将来の生産力を阻害するという意味で大きな問題を持っているのだ。

ムダな支出抑制に“超重要な”財政法第5条とは

 国債の乱発による財政規律の喪失を防止するため、財政法の第5条では日本銀行による国債の引き受けを禁止している。これも極めて重要な規定だ。国債の市中消化の原則の下では、金利がムダな財政を阻止するように働く。
 なぜなら、経済的効果の疑わしい支出で国債発行額が増えれば、国債市場で金利が上昇するからだ。つまり、財政資金のコストが上がる。これによって、国債の利払いが将来増えることとなるので、支出を引き締める力が働くのだ。
財務省の試算では、金利が1%上昇すると、3年後の国債費は3.7兆円増加する。2%なら7.5兆円。これはかなりの負担増だ。今後も金利が上がれば、さらに負担が増えることになる。
 ところが、仮に日銀が市場を経由せずに政府から国債を直接引き受けるとなると、上記のメカニズムは働かない。マーケットの洗礼を受けることなく、国債を発行することができるからだ。日銀はいくらでも政府から国債を引き受けることができるので、財政支出を抑制する効果が働かなくなってしまう。

日銀が行った財政法第5条における「脱法」行為

 2013年から始まった異次元金融緩和は、財政資金調達の条件を大きく変えた。大量の国債を市場から買い上げることによって、金利を引き下げたのである。これによって財政資金のコストは大きく下がった。このため財政規律が弛緩し、必要性の疑わしい人気取り施策が行われたことは否定できない。
 異次元緩和が行ったのは、国債の大量購入だけではない。
 仮に、銀行が購入したものを直ちに日銀に売却することができれば、財政法第5条の規定は形式上のものに過ぎなくなってしまう。これを防止するために、銀行が政府から購入した国債は、一定期間保有していないと日銀に売却できないという規制を日銀が設けていたのである。
 ところが異次元金融緩和において、この制約が緩和されてしまった。すると、上記のメカニズムが効かなくなる。銀行が政府から購入した国債を右から左に売ってしまうのでは、日銀引き受けとあまり変わらない状態になってしまうからだ。
 2022年12月には新規に発行された国債の大部分が、その日のうちに日銀によって購入されるという事態が起きた。このニュースはあまり注目されることがなかったのだが、財政法第5条の脱法的な行為と考えられるので、実は非常に大きな問題だ。
 さらに日銀は今年の1月4日に、銀行が国債を買いやすくするように、銀行に特別の融資を行う制度(共通担保資金供給オペ)を実施した。この制度は以前からあったのだが、その条件を緩和したのだ。財政法第5条の脱法化がさらに進んだと考えることができる。

コロナ給付に防衛費…頼りすぎた「国債発行」は是か非か

 2020年には新型コロナに対応するため、さまざまな給付金が給付された。まさに、大盤振る舞いが行われたのだ。その財源の大部分を国債に頼った。こうした事態は、2022年には収まってきた。
 しかし2022年に、防衛費の財源に国債を用いて良いかという問題が発生した。防衛費は、公共事業とは違って将来の生産力増強に寄与することがないので、その財源に国債を用いれば、上で述べた意味での「国債の負担」が発生する。
 そして国債発行額は、従来よりも増加することになる。そうなれば、長期金利に上昇圧力が加わる。だからこれは、日銀も関連する問題だ。
 こうした事態を是とするか否か。2023年4月に発足する日銀の新体制は、これに対する態度をはっきりさせる必要がある。これは、日本の将来を左右する重要な問題だ。