「寅さん一家」がまた一人お別れ…佐藤蛾次郎はアラカンを師と仰いだ

佐藤蛾次郎(2022年12月9日没 享年78)

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もじゃもじゃパーマが印象的だった佐藤蛾次郎さん(22年12月9日逝去、享年78歳)

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「男はつらいよ」の寺男役、源公が亡くなった。佐藤でなければ出しえない味を出して、あのシリーズに欠かせない役者だった。
『朝日新聞』には珍しい下町記者、小泉信一の『おーい、寅さん』(朝日新聞出版)を開く。
 1993年12月、監督の山田洋次らが、「来年はイヌ年。源公の相手になる、いい犬がいないかな」と探していた。
 そして、ラムという白い犬が登場するのだが、小泉によれば、実は佐藤は犬が苦手だったとか。
 佐藤は『寅次郎と殿様』で共演したアラカンこと嵐寛寿郎に励まされた。それでズーッとアラカンを役者人生の道しるべとしていた。佐藤にとって鞍馬天狗のアラカンは小さいころからのあこがれの人である。
 殿様役のそのアラカンをリヤカーに乗せて、「下にー、下にー」と言いながら源公が走る場面がある。
「蛾次郎、もっと速く走れ」
 山田監督からの叱声がとび、何度もやり直しをさせられた。
 その時、アラカンが小さな声で、
「辛抱せいよ、辛抱せいよ、役者は辛抱だよ」と声をかけたという。
 その言葉をいまも大切にしていると、佐藤は小泉に語った。

 竹中労の『鞍馬天狗のおじさんは』(ちくま文庫)を大傑作と思い、私が編んだ『新・代表的日本人』(小学館文庫)では、幸徳秋水や与謝野晶子と並ぶ10人の「代表的日本人」の1人にアラカンを入れた私には羨ましい限りの話である。残念ながら私はアラカンに会えなかった。戦争中の前線慰問の語りを引く。
「職業軍人ゆうたら戦争中の特権階級や、とくに参謀部や恤兵部(じゅっぺいぶ)はあきまへんな。女郎屋と結託してワイロとっとるん、占領軍かてそうでっしゃろ。兵隊かわいそうや」
「憲兵、ほんまに怖かった。チンタオで俥(くるま)曳きが斬られるところ、この目で見ました。ここは通れんとか何とか口返答をした、ほたら軍刀をぬいていきなり肩口をズボッ、バーッと血が飛んだ。心臓が凍った。無抵抗な者を!  はいな、むかってくる者ならよろしい。日本軍、弱いものいじめや。これが憲兵の腕章つけとった。戦争あきまへん」
 前記の『おーい、寅さん』は『朝日』の「ニッポン人脈記」の連載である。この企画のプロデューサー的立場にいたのが昨年亡くなった早野透だった。私との掛け合いで『寅さんの世間学入門』(KKベストブック)を出すほど寅さん映画にのめりこんでいた早野は、何とか寅さんシリーズで一本と思い、下町支局長などをやり、寅さんに入れこんでいた小泉に目をつけて、社会部長に頼む。3ヵ月ほど寅さんに専念させてくれというわけである。それで小泉は「あとがき」に「朝日新聞コラムニストの早野透さん」にお世話になったと書いている。寅さん一家も次々と欠けていく。