防衛費増が招く「増税」「国債」「債務危機」3つの罠「成長の世界システム」は終焉を迎えつつある

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2023年8月18日、メリーランド州キャンプ・デービッドでの日米韓首脳会談後、共同記者会見に臨んだ岸田首相(写真右)。軍事協力、国際政治、中国や北朝鮮への対抗などに関する問題について「足並みをそろえて」前進することを話し合った(写真:Chip Somodevilla/Getty Images)

現在、日本では5年間で防衛費を現在の2倍まで引き上げることが検討されている。その財源として、増税と国債発行という2つの方法が考えられる。

戦争と財政の世界史:成長の世界システムが終わるとき』を上梓した経済史家の玉木俊明氏が、「戦争」と「財政」によって形成されたともいえる現代社会を世界史の流れから読み解く。

持続的経済成長は続くのか

戦争と財政の世界史: 成長の世界システムが終わるとき

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この記事のタイトルから、現在の日本の財政政策に対する批判を期待された読者もいらっしゃるかもしれない。だが、ここでの議論は、経済学の前提に対するもっとも根源的な批判となるのではないかと思われる。その批判とは、持続的経済成長とは、単なる「神話」ではないかということなのだ。

私たちは、経済が成長し続けるのは当たり前のことだと考えている。しかしそれは、せいぜいここ数世紀間のことにすぎない。もしかしたら、それはあらゆる社会システムと同じく、いつか消滅するものだと考えられないのだろうか。私が『戦争と財政の世界史: 成長の世界システムが終わるとき』の執筆にあたって、つねに考えていたのはそういうことであった。

ここ20年間ほど、私の頭を悩ませ続けてきた問題があった。それは、近代経済は、18世紀後半のイギリスで誕生したのか、それとも17世紀のオランダで誕生したのか、どちらなのかということである。

イギリスからはじまった産業革命により近代経済が誕生し、それが世界中に広まったというのが一般的な見方であろう。それは、資本=賃労働関係にもとづく資本主義システムが、世界を覆い尽くしたということを意味する。イギリスから、持続的経済成長がはじまったとされてきた。

それに対し最近提示されているのは、持続的経済成長は17世紀のオランダではじまったというものである。それは、「近代世界システム」を提唱したアメリカの社会学者ウォーラーステインが主張したことで有名になった説である。

この2つのどちらが正しいかということは、経済史を研究し続けてきた私にとって非常に大きな問題であり、ウォーラーステインの説を基本的には支持していたものの、確実にそうだと言い切るには、なお、一抹の不安があった。

その不安を解決したのが、『戦争と財政の世界史』の執筆であったといってよい。

経済が成長し続けていたので借金の返済が容易になった

ヨーロッパの経済史研究によれば、近代的な財政システムは、火器の発明を中心とする「軍事革命」により戦費が増大したことから生まれた。戦費の調達のために国債(公債)を発行し、それを長期的に返済するというシステムこそ、近代的財政システムの元になったというのである。そして、それを開始したのがオランダだったというわけだ。だからこそ、オランダは、いわば近代的財政システムをもつ最初の国として誕生した。オランダ史の近年の研究をまとめるなら、このように主張することができよう。

当時のオランダは7つの州が公債を発行し(国債は発行されなかった)、戦費を調達した。オランダは、1人当たりの税負担がヨーロッパでもっとも多い国であった。それが返済できたのは、持続的経済成長を成し遂げたので、公債の返済が容易になったからである。

それに対し、18世紀のイギリスは、対仏戦争を遂行していく過程で、イングランド銀行が巨額の国債を発行し、その返済を議会が保証するというファンディング・システムを構築した。このような形態での債務返済こそ、現代にまで通じる近代的な財政システムなのである。

オランダであれ、イギリスであれ、長期的にはなんとか借金を返済することができた。それは、経済が成長し続けていたので、借金の返済が容易になったからだ。

18世紀の対仏戦争は、イギリスに巨額の借金を負わせた。そのため19世紀初頭イギリスの公債発行額の対GDP比は200%近くに達したが、大きな戦争がなく、しかも経済成長をしたので、19世紀末には比率は30%程度にまで減少した。19世紀後半のイギリスは、綿織物の輸出もあったが、むしろ海運業や金融業の収入により、世界経済のヘゲモニーを握るようになった。しかもイギリスは、植民地、とくにインドを収奪することで国債(公債)依存度を減らしたのである。

しかし、第1次世界大戦のために公債発行額の対GDP比は大きく上昇し、両大戦間期は大不況の影響もありそれはあまり低下することはなく、さらに第2次世界大戦がはじまると、この比率は急速に上昇し、終戦時には、250%近くに達した。戦後になって、経済成長のために(たとえ先進国のなかでは、アメリカに次いで低かったとしても)、イギリス政府は借金を返すことができた。しかし、1990年代以降、公債発行額の対GDP比は上昇傾向にある。

日本の国債残高

日本の国債発行残高は、現在、1000兆円を超えている。これは、とてつもない額だといわざるをえない。それは、戦争とは関係がなく増えていった。

日本は諸外国と同じく、国債の発行により戦費を調達した。日露戦争のときに高橋是清が活躍し、欧米の外債市場で国債の調達に成功することで戦費を調達したからこそ、日本はこの戦争に勝利することができたのである。それは最終的には1986年になってようやく返済できたほどに、巨額の借金であった。

アジア・太平洋戦争期にも巨額の国債を発行し、その多くを日銀引き受けとすることによって、ようやく戦争を継続することができた。戦後、インフレーションによって日本国政府の実質的な借金返済の負担は減った。さらに高度経済成長により、日本の公債発行額の対GDP比は大幅に減少した。

しかし、1970年代半ばから、とめどもなくという修飾語句が適切なほどに、日本の公債発行残高は増えている。それは、社会保障費の増加がもっとも大きな要因である。

そもそも国家に、「社会保障」という考え方はなかった。国家がおこなう最大のことといえば、戦争であった。だが、戦争でたくさんの人が死ぬと、国家はその家族への補償を考えるようになった。それが、社会保障の1つの起源になったのではないだろうか。

社会保障に関して有名なものは、1880年代にドイツのビスマルクが導入した医療保険法、災害保険法、養老保険である。イギリスで同様の制度が導入されたのが1911年であったことを考えるなら、ビスマルクの先見の明は明らかである。

だが、欧米の先進諸国で社会保障費が誰の目にも明らかに上昇するようになったのは、1980年代のことであり、その勢いはなかなか止まらない。公的支出のGDP比を増やすことは簡単だが減らすことは難しい。日本ほどではないにせよ、多くの国々でこの比率は、どちらかといえば上昇傾向にある。

戦争は、いつもあるというものではない。たまにとまではいかなくても時々戦争になり、国債(公債)を発行して戦費を調達し、それを平時に返済する。それに対し、現在、国家予算の多くの部分を占めるのは社会保障費であり、それを減らすことはきわめて難しい。今後、世界的に老齢人口が増えると予想されるのだから、それはなおさらだろう。国家は、戦争国家から福祉国家へと変貌し、国債(公債)発行の要因が短期的な戦費から、恒常的に必要な社会保障費へと変化している。

そのような状況下でCOVID-19のような緊急事態が生じると、国は国債を発行する。したがって、国債の発行額はなかなか減らない。しかし、経済が成長しないなら、その返済は著しく困難になる。そういう事態が発生しないと、誰が断言できるのだろうか。

成長の世界システムの終わり

オランダやイギリス、そして世界中の国々が国債(公債)を発行できたのは、持続的経済成長を前提としていたからである。国債は次世代に負担を負わせるといわれることもあるが、経済成長があれば次世代の負担は少なくなる。そして彼らは、さらに次世代へと負担を転嫁する。その次の世代も負担を転嫁していけばいい。経済が成長する限りは。

日本の経済成長は人口増大よりも技術革新の寄与が大きかったという説もあるが、技術革新による経済成長は、増大する人口に支えられていたとはいえないか。今後、そう遠くない将来に人口が減少するなら、技術革新による経済成長がどの程度期待できるのだろうか。地球の資源問題を考えるなら、世界の人口増はどこかでストップし、やがて人口減少へと至るだろう。それでも、持続的経済成長を期待することができるのだろうか。

最近の人口増が急激すぎることは、多くの人が知ることであろう。太平洋戦争期に、「1億玉砕」と喧伝されたが、日本で生まれた日本人は私の記憶では7,000万人であり、残りの人々は植民地の人々(ないしは植民地生まれの日本人を祖先としない人々)であった。それから80年間ほどで、日本人は5,000万人も増えた。少子化の問題が取り沙汰される昨今だが、戦後、日本人の数はこれほどに増えたのである。

拡大を基調とし、持続的経済成長を前提とする「近代世界システム」は、終焉を迎えつつある。それは、すぐにというわけではなくても、あまり遠くない将来におこるのではないか。そのとき、われわれは持続的経済成長を前提としない新しい経済システムの誕生を目にすることになる。そうなったとき、われわれは国債を発行できなくなるかもしれない。

戦争と財政の世界史: 成長の世界システムが終わるとき』は、そのような可能性を示唆した書物なのである。

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